知能を測ることに意味はあるのか【未知会ログ】

3 社会科学

知能テストのスコアに何が反映されているか、ここまでの記事で整理してきました。

今回はこれらの内容を踏まえつつ、「知能とは何か」そして「知能テストのスコアはその中でどう位置づけられるべきか」についてまとめます。

 

※以下では「知能テスト」とは、広義に「短時間の机上テストで知的能力を定量化するもの」全般を指しています。
ただし「知能指数(IQ)」と言った場合には、BinetやWechslerの知能検査による指標値を念頭に置いています。

先天的要因と後天的要因

「知能の個人差」「知能の因果関係」について、極端な考え方は挙げればキリがありません。

ここで改めて、旧来の「Nature or Nurture」の考え方が前提から間違っていることを強調しておきます。

 

知能の「Nature≒先天性」「Nurture≒後天性」を重視する立場をそれぞれ図で示します。

 

「Nature≒先天性」を重視する立場

生物学的・遺伝的な要因が一生涯の知能を
規定すると考える

 

 

 

「Nurture≒後天性」を重視する立場

家庭や教育などの環境が知能に繋がると考える

 

 

しかし、実際はこの両方が重要です

 

ゆえに、正確にはこのようなモデルにすべきでしょう。

 

「Nature and Nurture」を受け入れた上で「量的にはどちらがどれだけ重要なのか」を論じる立場であっても、問題は絶えません。

よく「知能の○%は遺伝で決まる」という話が(多くは決定係数の解釈として)出てきます。

が、これもサンプル集団や想定するケースによって慎重な解釈が必要になります。

 

「環境がどれだけ知能を規定するか」の大小において、そもそも個人差があるのです。

これは意外と見逃されがちな視点なので改めて強調しておきましょう。

 

単純な例として、重大な病気で頭も体もほぼ働かないような状況を考えてみましょう。

そういう経験がなければ酷い二日酔いや泥酔状態の経験でもいいです。

そんな状況でペーパーテストを受けたら、どんなテストでも点数は普段の半分……いや、それ以下かもしれません。

 

一方で、例えば大学入試や重要な資格試験の日などは、前日からバッチリ食事や睡眠時間に気を遣ってコンディションを整えていく人が多いかと思います。

しかし、準備に2倍や3倍の手間と金を掛けたところで、パフォーマンスは2倍、3倍になったりするでしょうか?

 

このように考えると、一つの示唆が得られます。

 

すなわち、「環境がひどい場合ほど、劣悪な状況要因の除去によって得られる恩恵は大きい」ということ。

「環境によって大きな制限が生じている場合には、脳はポテンシャルを発揮できない」とも言えます。

この事実は、途上国や少数民族の教育援助について考えるような場合に、特に意義があるでしょう。

 

また、見方を変えると「環境が整ってくるほど、環境の援助で上乗せできるパフォーマンスには限界が生じる」とも言えるかもしれません。

これを痛感するのは予備校業界の人じゃないでしょうか。

金持ちの親が山ほど教育投資して、何年も浪人しても、人によっては全く成績が上がらず何年も……いや、この話は止めておきましょう。

 

このように、「環境がその人のポテンシャルをどの程度抑圧しているか」という観点で個別事例を考えると、「環境要因による抑圧の度合いも人によっても異なる」ということも意識せずにはいられません。

 

そして、このような「能力の構築」の問題に加え、「能力を発揮する機会が与えられるかどうか」という、「機会」の観点での環境要因もあります。

ますますこの問題が不均一な側面を持つことが分かります。

そしてまた、「能力を発揮する機会の不均等」「能力の構築の不均等」にも繋がってくる、という説もあります。

これを次に説明しましょう。

 

環境が作る知能

ここで「Challenge Hypothesis」という仮説を紹介します。

これは「Cognitive Challenge」と呼ばれる経験個人の認知機能を高めるという考え方です。

 

「Cognitive Challenge」――直訳すると「認知的な困難」といったところでしょうか。

更に柔らかく言えば、「解決するために頭を使うような、ちょっと難しいコト」と言い換えてもいいと思います。

※「~challenge(d)」には「~の障害(を持つ)」という用法もありますが、ここではそういうニュアンスはありません。

 

容易には解けない認知機能課題が現れた時、それを解こうとすることで認知的能力は鍛えられる。

――これがChallenge Hypothesisの主題です。

 

Robert Sternbergは、Cognitive Challengeに直面した時の対応を大きく3パターンに分けました。

  1. Adapting:問題に合わせて自分の能力を改善する
  2. Shaping:自分の能力に合わせて問題の解決法を変える
  3. Selecting:その問題を解決しなくてすむ進路を模索する

 

例として、受験勉強で考えましょう。

「現状の学力では合格できそうにない志望校」Cognitive Challengeに当たります。

3つの選択肢を具体化するなら、以下のようになるでしょう。

  1. Adapting:自分に足りない部分を見極めてひたすら勉強する
  2. Shaping:科目選択や入試方式を見直して有利な受験方式を探す
  3. Selecting:志望校を変更する

3つの方略の違いについて、具体的なイメージが湧いたでしょうか?

 

Sternbergは、この中で認知機能の成長を促すのは特に1. Adaptingであり、2や3は直接的な認知機能の成長には繋がらないとしています。

(ただ、2,3も現実の問題への対処としては悪くないです。あくまでこれはChallenge Hypothesisに則った話として読んでください。ちなみに「長期的に成功を収められるのは1~3を柔軟に使い分けられる人の方ではないか」という指摘もあるようです)

つまり、Challenge Hypothesisの提示する「成長に繋がる困難」とは、「大変ではあるが、諦めずに戦えるような難度の困難」であるということになります。

 

ちなみに少し領域の違う話になりますが、Lev Vygotskyが教育学において提示したZone of Proximal Developmentという考え方もこれと重なり合う部分があります。

これは「自分一人では出来ないが、教室で援助を受けながらなら出来る」という領域に着目することで、潜在的な児童の成長のポテンシャル引き出せるとする考え方です。

上記のCognitive Challengeと似た発想が根底にあることに気付くでしょう。

 

さて、ここまで「環境が個人の知能を規定する」因子を様々な観点で紹介してきました。

知能テストは、「その人が持っている先天的な知能だけ」を測定できる検査ではありません。

そのような検査は作れません。

知能テストのスコアには「その人の先天的要因と、過去の環境と、現在の状況」が混合されたものが反映されているわけです。

翻って言えば、「知能指数のスコアが低い」ことは、「その人が高い知能を築くための素質を持っていない」ことを含意するわけではありません

次項は3回分の記事のまとめになります。

 

それでも「知能」を測る意義はあるか

BinetがIQテストの原型を作った話を思い出してみましょう。

彼のテストで測る「IQ(知能指数)」は、元々は「その後の学校内での学業成績」を予測するためのものでした。

 

その後にこれが成人にも拡張されるわけですが、前回の記事で指摘した環境と知能の複雑な相互作用を思い出してください。

成人において、知能テストで予測できる知的能力が学童より限定的であることは、容易に予想ができるでしょう。

例えば、知能テストのスコア大学のGPA仕事での有能さに関して、r=0.5や0.6を超えるような強い相関を示すデータはほぼないとのことです。

Ackerman, Phillip L. Intelligence 22, no. 2 (1996/03/01/ 1996): 227-57. 

この論文の中では、従来的な知能テストで測られていたような能力の多くを「Intelligence as Prosess」とした上で、更に知的パフォーマンスを規定する因子として「人格Personality」「関心Interests」「知識Intelligence as Knowledge」が重要な因子であると指摘しています。

 

また、こちらはWeb記事ですが、科学的研究に基づいたレビューで参考になります。

成功に必要なのは「才能」より「意志力」、という研究結果

ここでも、「長期的なパフォーマンスを予測する」として挙げられている「継続的な努力」や「それをやり抜く意志力」といった要素は、従来の「IQ」には反映されていなかったものです。

 

つまり、ここまでの話を総合すると、
「知能指数(IQ)は純粋な生まれつきの知的ポテンシャルを示すものでない」というだけでなく、
「知的能力の将来的達成度を予測する上でもIQだけが突出して重要なわけではない」
という話になります。

 

知能テストの欠点ばかりを出してしまったので、バランスを取るため「知能テストの利点」も挙げておきましょう。

ここまでに挙げた「知的能力を予測する指標」の中で、「知能テスト」は最も安定して測定しやすく測定方法が明確であるという点は特筆すべきです。

加えて、「スタンフォード・ビネー知能検査」や「WAIS」のような定番の検査では、種々の下位項目が「他のどんな事象と」「どのくらいの値で相関するか」といった過去の実証データの蓄積が大量にあります。

これと対比すると、「家庭環境」や「本人の意志力」のデータは同じようには扱えないことが容易に想像できるでしょう。

たとえこれらが将来の知的パフォーマンスと相関すると分かっても、これらについて文化横断的に通用する指標を定めたり他の認知特性との安定した相関関係を定量化するのは難しいです。

「扱いやすさ」という点で、知能テストには依然として存在意義があると考えられます。

 

 

「IQには意味があるのか」という疑問に、私ならこう答えます。

・IQは「社会的に意味のある様々な指標と統計学的な相関がある」という点で意味がある。

・しかしその観点で言うなら、「個人のモチベーション」や「環境」も同様に相関がある。

・中でもIQは「限られた方法で測れる要素の数値化」だからこそ有用であり、それゆえ限界がある。

 

A君が統計学の授業を取るかどうか予測できない

しかし、「同じ統計学の授業を同じように受けた場合に、A君がB君より優秀な成績を収めうるか」という予測は、事前に数学的能力の適切な知能テストを行えば確率的に可能と考えられる。

ただ、それでも「授業を受けないA君より、授業を受けたB君の方が優秀な成績を収める」のであれば、事前のテストの意義は限定的である。

 

知能テストとはそういうもの。

「測るのに都合の良い部分だけを測っているに過ぎない」という留保が常に必要でしょう。

 

おわりに

★ひとことまとめ

1. 「知能」は「人間の何らかの良さを予測する指標」として定義しうる

2. しかし「環境から知能に影響する因子」は排除できない

3. 知能は予測指標の中で測りやすい一側面を切り出しているに過ぎない

 

★参考文献

・書籍

1.Earl Hunt: Human Intelligence(2010, Cambridge University Press)

・論文

Ackerman, Phillip L. “A Theory of Adult Intellectual Development: Process, Personality, Interests, and Knowledge.” Intelligence 22, no. 2 (1996/03/01/ 1996): 227-57.

Ackerman, Phillip L, Margaret E Beier, and Mary O Boyle. “Working Memory and Intelligence: The Same or Different Constructs?”. Psychological bulletin 131, no. 1 (2005): 30.

Klein, Devorah E, David D Woods, Gary Klein, and Shawna J Perry. “Can We Trust Best Practices? Six Cognitive Challenges of Evidence-Based Approaches.” Journal of Cognitive Engineering and Decision Making 10, no. 3 (2016): 244-54.

 

★もっと知りたい人向け

ピーター・ブラウン (著), ヘンリー・ローディガー (著), マーク・マクダニエル (著), 依田 卓巳 (翻訳)

使える脳の鍛え方 成功する学習の科学.

NTT出版, 2016/4/14

 

知能と学習について、非常に多くの科学論文を踏まえて論じている良書です。

「学習はつらいほうが深く定着しやすい」とう冒頭から、まさに「Cognitive Challenges」の発想に則った学習メソッドが紹介されています。

「後天性の環境要因が知能を上昇させる条件」についても、科学的に根拠に基づいて触れています。

 

★この研究会について

以下の書籍の輪読会をインターネット上にて定期開催しています。

Earl Hunt: Human Intelligence(2010, Cambridge University Press)

 

本記事は輪読会の内容を元に、メンバーのトークも盛り込んでサマライズしたものです。

トピックや話の流れは上記のテキストを踏襲していますが、内容は再解釈の上で大幅に加筆や再編を加えています。

 

なお、研究会に参加をご希望の方はこちらの記事をご覧ください。

 

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木村勝哉

「全学問の素人」を標榜しています。 質問や意見は随時大歓迎なので、下のフォームからいつでもコメント下さい。

コメント

  1. けーめい より:

    はじめまして。とあることを知りたくて「それなら学術論文だ」「いや論文の読み方やら検索の仕方やらむずいわ~」ということでこのブログにたどり着きました。

    ちょくちょく回って見てみたのですが、こちらはもしかして大学の有志が集まって趣味で運営しているブログなのでしょうか?大変読み応えのあるブログを見つけて嬉しく思います。

    • 木村勝哉 より:

      ありがとうございます。
      大学の繋がりではありませんが、有志が自分のペースで余暇的な勉強を書き込むブログです。
      最近は共同運営者もホトンドが多忙で私一人の更新になりつつありますが、お読み頂きありがたい限りです。

  2. […] 前々回の記事の冒頭で、「広義の知能テスト」について触れました。 […]