【書評】 ことばの発達の謎を解く
ことばの発達の謎を解く
著:今井むつみ ,
ちくまプリマー新書, 2013/1/9
BACKGROUND ――対象
「子どもの言語獲得」は言語学の上でも教育学の上でも、非常に重要な過程です。
身近な領域では「外国語学習」との関連で、「正常な子どもが母国語を獲得するプロセス」がフォーカスされることが多々あります。また、「生成文法」という言葉を耳にしたことがある方も多いと思いますが、これもまた「子どもの自然な言語獲得」を抜きにしては語れない概念でもあります。
「子どもの言語獲得」は「3つの不思議」が詰まっていると言っていいでしょう。
一つ目は、「獲得」のプロセスの不思議。
二つ目は、それを可能にする「子ども」の能力の不思議。
そして三つ目は、これら二つによって人間社会の中で再生産される「言語」の不思議。
本書は、「子どもを対象にした実験」から「子どもの言語獲得」のメカニズムを解き明かしていきます。
METHODS ――あらすじ
RESULTS ――所感
科学のアプローチで言語にここまで迫れる、という事実に目を見張るばかりでした。
一つ一つの題材は、身近な子どもの言い間違いや、「子どもは○○と××のどちらを選ぶか」といった、分かりやすくシンプルな現象の提示。しかし、それをまとめ上げて言語体系に切り込むまでの論が整然としており、非常に読み応えがあります。
そして、実験では子どもを対象にしているものの、「子どもはこうやって言葉の使い方を学習していく」という例示を通じて、「私たちが言語を構築する際に、無意識下でどれだけの情報処理をしているか」にも思いを馳せるような内容になっています。
個人的に面白かったのは、「『名詞』と『動詞』では、獲得する上での扱いも異なる」という現象が実験によって示されたことです。語学の授業でも「動詞と名詞」は分けて教えられますが、語彙の獲得の過程でも赤ちゃんはこうした差異を区別して習得しているのですね。
ふと思い出しましたが、視覚認知においても「何であるか」を解析する神経経路と「どんな挙動か」を解析する神経経路は別ルートであるとされております。これらの区別は、意外と認知のプリミティブな構造に根差しているのかもしれませんね。
また、「物と名前を関連付ける」ときに「ある言葉が指す対象の範囲はどこまでか」といった問題は、機械学習やアルゴリズムの思考においても良い洞察を与えそうな話題でした。
簡単に言えば、我々が『ブルドッグ』を見せられて「dog」と言われた時、その語が「ブルドッグを指すのか、イヌを指すのか、ポーズを指すのか、動きを指すのか」をどう判断するか、という問題です。端的に言えば、不十分な情報では語義は一つに定まらないのですが、子どもの言語獲得ではそれを暫定的に決めてから漸近的に解決する方策を取っています。
「方策」とは言っても、赤ちゃんはその手段を「生まれてから自然に」やっているわけで、進化の結果生まれたヒトという生物の巧妙さには驚くばかりです。
我々は「赤ちゃんは何も知らない。大人になるについて能力を得る」と考えています。
「我々が赤ちゃんに何かを教えることはあっても、赤ちゃんから何かを学ぶことは無いだろう」と。
しかし実際には赤ちゃんが「我々の知らない言語の秘密」をこんなに教えてくれる。
このことに私は素直に驚きました。そして言語と人間の奥深さに一層興味を惹かれました。
CONCLUSIONS ――結語
言語の発達心理を科学的に、それでいて平易に語る一冊でした。
赤ちゃんの能力は侮れないということ
言語の獲得にはある種の「ロジック」があるということ
言語は様々な方向から光を当てることで違った見方ができるということ
――そして何よりも、子どもと言語はこんなに興味深い、ということを教えてくれました。
そして、理系・文系の融合もまた本書の醍醐味でしょう。
自然科学を学ぶ人には「人文の世界にもこんなに面白い題材がある」ということを、
人文学を学ぶ人には「自然科学にはこんなに有用な方法論がある」ということを、
本書は自然に実感させてくれます。
幅広い人々に、何らかの部分で「新鮮な知見」を提供してくれる一冊です。
こんな人にオススメ
★心理学・認知科学に興味のある人
★教育学・言語学に興味のある人
★自然言語について考えを深めたい人
ことばの発達の謎を解く
著:今井むつみ ,
ちくまプリマー新書, 2013/1/9
狐太郎
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