「ケルト神話」って何なのさ:① ケルト人と「ケルト神話」

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皆さんは「ケルト神話」ってご存知でしょうか。聞いたことくらいはある?結構。聞いたこともない? それも結構。まあとりあえず読んでってくださいよ。

「ケルト神話」と聞いたとき、きっと多くの方が真っ先に思い出すのはあの英雄でしょう。そう、クーフーリンなどと呼ばれるあの人です。他にも何人かの英雄の名前を挙げることができることでしょう。ではケルト人の神々の名前を挙げられるでしょうか。あるいは「ケルト神話」がどの地域のものか。「ケルト神話」はどのように分類されるのか。どのような話があるのか。

 

知らない? さもありなん。「ケルト神話」は、ギリシアや北欧のものと比べると、あまりにも知られていない神話体系でございましょう。よって、いくつかの記事で「ケルト神話」の概説を試みます。今回はケルト人についてがメインです。

 

「ケルト神話」はどの地域のものなのか

みなさんは「ケルト神話」という呼称にある種の違和感を覚えるかもしれません。日本神話、ギリシア神話、北欧神話など、名の知られた神話体系は(あるいはそうでないものもほぼ)全て地域名を冠されています。では、「ケルト神話」は?

 

ケルトという語は、土地の名前ではありません。これは言語系統を意味する語です。ケルト語を話す人々がケルト人、ケルト人の神話がケルト神話。ならば「ケルト神話」とはどの地域の神話なのでしょうか。

 

神話という語は多義的です。日本ではこのmythosに対する訳語の字面故に「神々の物語」と解釈されるのが一般的ですが、実は必ずしも物語のみを指すとは限りません。どういうことか? 物語が残っていなくても、神々の名前や特徴が残っていることはあるということです。なぜこのような迂遠な話をしているかというと、ケルト人の中には自分たちの伝承を残した人々と、信仰した神々しか知られていない人々とがあるからです。

 

ケルト人はどこに住んでいたか

どうしても話が回りくどくなってしまうのをお許しください。しかし「ケルト神話」と呼ばれるものの有する特殊な文脈を抜きにしてはこの話の勘所がなくなってしまうし、それを理解するためには背景の説明が要るのです。

 

ケルト人と呼ばれる、言語系統を一にする人々の主流は、常にヨーロッパの大陸側におり、その中心地は中央ヨーロッパにありました。ケルト人は時とともに居住域を広げ、東はアナトリア半島に『聖書』にも知られるガラティアという国を築き、西はイベリア半島まで、北はベルギーまで(ベルギーの名はケルト部族ベルガエに由来します)。そして島嶼側ではブリテン諸島、すなわちブリテン島(これもブルトン人というケルト系集団に由来)とアイルランド島、マン島、その他付近の諸島に住んでいました。アルプス以北のゲルマン人地域以外はほぼケルト人のものだったのです。

 

「ケルト人」の問題

ケルト人はその居住領域によって「大陸ケルト人」と「島嶼ケルト人」に分類されます。しかし、「『島嶼ケルト人』などは存在しない」と主張する研究者すらいます。なぜならば、島嶼ケルト人と大陸ケルト人とは、遺伝的なつながりが希薄だからです。以前から考古学方面から指摘されていたことが、昨今の遺伝生物学の技術発展と調査の進展により説得力が強まりました。言語的には間違いなく同系統。しかし生物学的には全くの別集団。これが、ケルト人というものを語る上で無視してはならない、難しい点の一つです。「結局島嶼ケルト人はケルト人に入るの?」あるいはという問いは、今でも議論されています。そしてその問いは「そもそもケルト人って何?」という問いに等しいのです。

 

ケルト人の末裔を名乗るのはアイルランドであるという認識が日本では主流だと思われますが、実際はフランスでもケルト人が国家的アイデンティティーに組み込まれています。最たる例は漫画『アステリックス』であり、これは今のフランスあたりのケルト人であったガリア人(カエサルが属州に加え、『ガリア戦記』を書いた事で有名ですね)の戦士アステリックスがローマ軍と戦うコミックであり、フランスでは国民的人気漫画です。

 

一方のアイルランドでは19世紀~20世紀の独立運動の際の旗印として、自民族・自文化を称揚するため「ケルト人」というイコンが積極的に用いられました。「文芸復興」あるいは「ケルト復興」の名のもとに、多くの土着伝承が翻案されもしました。

 

伝承を残したケルト人は

上記の生物学的な違いの他に、「ケルト神話」を語る上ではさらなる困難があります。それは、「ケルト神話」を――土着の伝承物語を――残したのは、島嶼ケルト人のみだということです。先ほど申し上げたように、神話という語はいろいろな意味があります。そして狭義の、そして一般的な、伝承という意味での「ケルト神話」は、島嶼ケルトに、しかもアイルランドとウェールズに、限定されるのです。

 

しかしより広い意味で「神話」を考えるならば、ブリテン島のウェールズ以外の地域や、大陸ケルト人もまた含まれます。続く記事では各地域の概観を試みます。

 

ヨーロッパに「再発見」された「ケルト神話」

記事を終える前に、「ケルト神話」全体に関わることなのでお話しします。

 

ヨーロッパ世界にギリシア・ローマ神話が古典的教養として広まったのは、ルネサンス期においてでした。彼らは自らの過去を「再発見」したのです。同様にケルト人というヨーロッパ人の過去の伝承が「再発見」されたのは、18世紀、スコットランドの詩人ジェイムズ・マクファースンによってでした。彼はスコットランドの土着伝承をまとめあげ、世に送り出します。「オシアン詩群」はヨーロッパ中で非常に大流行し、例えば漫画『ベルサイユのばら』の主人公オスカルの名前のように、「オシアン詩群」の登場人物の名前が子供に付けられたほどです。

 

しかし、彼が典拠を示さなかったため、マクファースンがアイルランドの伝承を剽窃して捏造した偽作ではないか、と長らく疑われてきました。「オシアン詩群」の内容はアイルランドの土着伝承に酷似しているのです。しかし最近では見直され、マクファースン捏造説はほぼ否定される傾向にあります。言語系統では、アイルランド人とスコットランド人の言語はどちらもゲール語であるため、スコットランドの伝承がアイルランドのものと似ているのも道理なのです。

 

この「オシアン詩群」は岩波書店から『オシァン ケルト民族の古歌』として出版されています(1971年)。 興味の沸いた方はどうぞ。

 

今回は、「ケルト神話」の主体であったケルト人に主眼をおいてお話ししました。次回はより具体的に、「ケルト神話」の大部分を占めるアイルランドの伝承のご説明をいたします。お楽しみに。

 

関連書籍

 
 
中村徳三郎訳
『オシァン ケルト民族の古歌』
岩波書店、1971年
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ケルト神話・伝説事典

 
ミランダ・グリーン著、井村君江監訳、大橋篤子他二人訳
『ケルト神話・伝説事典』
東京書籍、2006年
イントロ部分のケルト人概説が非常にわかりやすくまとまっています。本体はケルト人の神々や、伝承と関わる諸事項に関する事典となっており、項目数は少ないですが豊富な記述と考古学の専門的知見を備えています。
 
 
 
 
 
 
木村正俊著
『ケルト人の歴史と文化』
原書房、2012年
最新の、日本人著者によるケルト人に関する概説書。
「ケルト人とは何か」を改めて問い直す一書。
 
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いわゆるケルト神話を翻訳したり、ケルト神話とケルト人に関してオンラインで書いたり書かなかったりしています。古期~中期アイルランド語が読めます。神話は半可通です。神話以外は素人です。 twitter:https://twitter.com/p_pakira note:https://note.mu/p_pakira

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