「知能」のほとんどは、物質としては「脳」に由来します。
このため、この連載でも「脳」の話題は今後扱っていくことになります。
今回概観するのは、脳の「4葉」の働きです。
これは脳の構造と機能において最も基本的な知識です。
事前の予習として、こちらの記事で脳の全体像を大雑把に把握しておくと理解が捗るかと思います。
今回は内側面や辺縁系は扱わないので、外から見た図だけで十分です。
尚、今回掲載している図は、いずれもDatabase Center for Life Science(DBCLS)による3DモデルをWikimedia commons経由でお借りしてきたものです。
各画像にはWikimedia commonsの該当ページへのリンクを貼っております。
前頭葉
大脳は大きく4つのパーツに分けられます。
この一つ一つを「脳葉cerebral lobe」と呼びます。
最初は「前頭葉frontal lobe」から紹介しましょう。
上の図で言うとピンクの部分です。
前頭葉は端的に言えば「アクションの脳」です。
前頭葉の中での機能分担は、大雑把に言えば
「前の方ほど高度で抽象的」
「後ろの方ほど原始的で具体的」
な役割を担っています。
前頭葉の一番うしろは「中心前回precentral gyrus」あるいは「一次運動野primary motor cortex」と呼ばれます。
ここは最も具体的な運動要素、つまり「右手の指でつまむ」とか「額にシワを寄せる」といった具体的な単独の動作と対応しています。
一次運動野より少し前の部分は「運動前野premortor area」と呼ばれます。
運動前野の役割の一つは「感覚情報と連動した運動」です。
例えば、「野球のボールをキャッチする」「テニスのボールを打つ」という動作では、単純に「筋肉をどう動かすか」だけで動作を定義するのでは不便です。
「自分の身体から見てどの位置に対象物があって、そこに向けて動作するには手や足の筋肉をどう動かすべきか」という逆問題を解くコーディングが必要となります。
この「受け取った視覚情報から適切な動作の信号への変換」を担っているのが運動前野です。
また、運動前野は「アクションプラン」の形成にも役立っていると言われます。
「今からこんな動作をしよう」という心の準備をしている時、身体が動く前から運動前野の細胞が動き出しているのです。
そして、「喋る」というのも一つのアクションです。
前頭葉の運動前野のすぐ近くに、運動性言語野として知られる「Broca野」も存在します。
運動前野より更に前方は、「前頭前野prefrontal cortex」と総称されます。
ここには最も高度なアクションに関する認知機能が詰まっています。
すなわち、「社会的行動のコントロール」です。
「前頭前野」が社会性を司ることの典型例として、「フィニアス・ゲージ」の例は有名です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%82%B8
また、前頭前野の背外側は「ワーキングメモリ」においても重要になります。
ワーキングメモリは知能と非常に密接に関わる脳機能なので、別の記事で後ほど詳説します。
後頭葉
少し飛びますが、説明のしやすさの関係で次に「後頭葉occipital lobe」に行きます。
最初の図では緑色の部分、下の図では赤い部分ですね。
後頭葉は「視覚の脳」です。
視覚情報は後頭葉の「一次視覚野primary visual cortex」に集められます。
ここではスクリーンに映し出すように、ほぼ「見たまま」の情報が反映されています。
そこから、視覚の情報処理を行う「高次視覚野」へと視覚情報が受け渡されていきます。
高次視覚野は後頭葉の一次視覚野周辺に二次視覚野や三次視覚野としても存在しますが、更に高度な視覚情報の処理は頭頂葉や側頭葉で行われています。
高次の視覚処理については詳しく話すとキリがないですが、大雑把に言うと
「物体そのものに関する情報」は側頭葉の方で処理(What経路)
「動きや位置に関する情報」は頭頂葉の方で処理(How経路)
という分担があります。
簡単な例を挙げましょう。
「茶色い物体が網膜に写っており、その網膜の茶色面積が急速に拡大している」といった情報を反映するのが「一次視覚野」で、
「これはゴキブリだ!」と解釈するのが「What経路」で、
「こっちに飛んできている!」と知覚するのが「How経路」です。
全ての情報を統合すると「ゴキブリが自分の方に飛んで来ている」ということが分かるんですね。
側頭葉
「側頭葉temporal lobe」の機能は一言でまとめるのが難しいです。
難しいので、分かりやすい機能をいくつか紹介することに留めます。
側頭葉の大事な機能の一つは「聴覚と言語理解」です。
少し見えにくいですが、以下の赤部分が「一次聴覚野primary auditory area」です。
大部分は脳のシワの中に埋もれているので、外から見える部分はごく一部です。
視覚と同じく聴覚においても、「一次聴覚野」には「周波数」や「音量」などの物理的な性質が反映され、高次の聴覚を担う脳領域で「聴覚情報の様々な性質や意味を分析する」ようになっています。
「高度な聴覚処理」の最たるものの一つは「言語理解」です。
感覚性言語野の典型として知られる「Wernicke野」も、実は聴覚野に隣接しています。
御覧のように、聴覚情報は主に側頭葉の上の方で処理されています。
では、側頭葉の下の方は何をしているのか。
側頭葉の下の方は、さっきの視覚の「What経路」と繋がっています。
つまり、ここでは「見たものが何であるか」を照合する機能を持っています。
単純な「物体」の同定だけでなく、視覚的な情報から「風景」や「顔」や「場所」などを同定するのも側頭葉の役割です。
また、「漢字」の様な表語文字(表意文字)も側頭葉の下の方で解釈されています。
そして、側頭葉の内側には「記憶」の要として知られる「海馬」もあります。
海馬と記憶については他の記事でも頻繁に扱うので、ここでは割愛します。
頭頂葉
「頭頂葉parietal lobe」の機能を端的にまとめるなら、キーワードは「身体と空間」でしょうか。
「身体の具体的な運動」と対応する領域は「一次運動野」でしたが、「身体の具体的な感覚」と対応する領域は「一次(体性)感覚野primary (somato)sensory area」と呼ばれます。
一次感覚野は中心溝のすぐ後ろなので、「中心後回postcentral gyrus」とも呼ばれます。
つまり、一次運動野と一次感覚野は前後で隣接しているんですね。
この境界線になる「脳溝」を「中心溝central sulcus」と呼びます(ここで書きましたね)
前頭葉では「最も後方が最も具体的」でしたが、頭頂葉では「最も前方が最も具体的」なのです。
頭頂葉は、後頭葉の項で紹介した「視覚情報のHow系」も担っています。
つまり、「視覚だけを扱う領域」と「身体感覚だけを扱う領域」の中間に「空間を扱う領域」が存在している……とも言えることになります。
これは非常に合理的な話です。
「空間情報」を適切に使うためには、「視覚情報を処理する」だけでなく、その情報を「身体の情報と照合する」ことが必要となるからです。
「目の前の獲物を武器で仕留める」ような場面を考えれば、これは容易に納得できることでしょう。
(「仕留める」という動作は先述のように運動前野が司令するわけですが)
視覚と身体感覚を例に挙げましたが、実は「物音がどこから聞こえたか」を特定する際にも頭頂葉の空間認知機能は使われています。
このように、視覚・聴覚・触覚といった様々な感覚を統合処理していることから、頭頂葉の一部は「感覚連合野」とも呼ばれます。
以上、4つの脳葉を大まかに見てきました。
今回の記事に関しては、調べたものの書き切れなかった内容がまだまだたくさんあるので、機会があればこれらを交えて一つ一つの脳葉について掘り下げる記事を書くかもしれません。
今回は最低限の知識ということで、ひとまず今回はここまでにします。
おわりに
★ひとことまとめ
1.前頭葉はアクションの脳
2.後頭葉は視覚の脳
3.側頭葉は聴覚・概念・記憶の脳
4.頭頂葉は身体と空間の脳
★参考文献
・書籍
Hunt, E. (2010). Human Intelligence. Cambridge University Press
金澤一郎 (監修), 宮下保司 (監修), Eric R. Kandel (編集), James H. Schwartz (編集), Steven A. Siegelbaum (編集), Thomas M.Jessell (編集), A. J. Hudspeth (編集). (2014). カンデル神経科学 (日本語). メディカルサイエンスインターナショナル
河合良訓, 原島広至. (2005). 脳単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集. NTS
★画像著作権
BodyParts3D, Copyrightc 2008 ライフサイエンス統合データベースセンター (DBCLS)
今回の記事内で利用した脳画像の全ての著作権は上記に帰属します。
岩田 誠(監修):
史上最強カラー図解
プロが教える脳のすべてがわかる本.
ナツメ社, 2011/7/15
表紙やタイトルは煽り気味ですが、中身は科学的な専門家が監修しており、非常にしっかりしています。
初学者向けで敷居が低く、脳の機能と領域の対応を学ぶのに良い入門書です。
金澤一郎 (監訳), Eric R. Kandel (編集):
カンデル神経科学.
メディカルサイエンスインターナショナル, 2014/4/25
脳と神経に関してはこの本がスタンダードにして決定版。
新書や一般書で物足りなくなったら手を出すべきはこの本です。
値は張りますが、中途半端な本を5冊も10冊も買うより遥かにコスパの良い買い物だと思います。
★この研究会について
以下の書籍の輪読会をインターネット上にて定期開催していました。
Earl Hunt: Human Intelligence(2010, Cambridge University Press)
本記事は輪読会の内容を元に、メンバーのトークも盛り込んでサマライズしたものです。
トピックや話の流れは上記のテキストを踏襲していますが、内容は再解釈の上で大幅に加筆や再編を加えています。
現在、研究会は一時休止中です。お問い合わせはTwitterにて。
この記事を書いた人
狐太郎
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