今回はSternbergの「三頭理論 triarchic theory」について。
この理論は彼の「Successful intelligence」というコンセプトに基づいているので、今回はこの2つをまとめて紹介します。
前回紹介したGardnerの「多重知能理論」と同様、この理論も現状の王道である「知能テストで測られる知能」へのアンチテーゼとしての側面を持っています。
「Triarchic theory」は「三鼎理論」「鼎立理論」などとも訳されます。
「Successful intelligence」の方はあまり適訳が定着していないので、以降も英語表記のままで記述します。
今までの知能理論の何が不十分か
今回も例によって従来型の「知能」への批判で口火を切ります。
ここまで随分と「知能」の話をしてきましたが、
・そもそも「知能」というのは何?
・なぜ「知能には価値がある」とされるのか?
という点を再確認してみましょう。
詳しくはこちらの記事にもまとめてありますが、簡単に言えば
・学問的・職業的な将来性を予測するのに有用だから
というのが「知能」という概念の出発点でした。
この点で見ると、「既存の知能テスト」は「有用」ではありますが「十分」とまでは言えません。
「学童期の知能テストの成績」と「青年期や成人期の学術的・職業的パフォーマンス」の間には正相関こそあるものの、それほど強固な関係があるわけではないと言われています。
Ackerman(2012)は、「SAT(米国の統一的な大学入試)のスコア」と「大学でのGPA」は、高く見積もっても0.4~0.6程度の相関係数だと結論付けています。
つまり、ここに一つの課題が見いだせます。
・実際の学問や職業のパフォーマンスを予測する上で、
既存の知能理論の枠組みが捉えきれていなかった能力は何か?
ということです。
ここに、Sternbergは「Successful intelligence」というアンサーを設定しました。
より極端に彼の批判を言い換えれば、
・『知能』そのものに価値が見出されるにつれ、
知能の研究者が『現実世界への寄与』を忘れて『知能そのものの価値』に倒錯していった
という問題意識が今回のポイントと言っても良いかもしれません。
Successful intelligenceの構成
こうして、Sternbergは「Successful Intelligence」のコンセプトを掲げ、「実社会を生きるのに本当に重要な能力」を説明するための知能の枠組みを提起しました。
そうして考案されたのが、次の3つの知能要素です。
1.Analytic intelligence (分析的知能)
2.Creative intelligence (創造的知能)
3.Practical intelligence (実践的知能)
これがSternbergの「三頭理論 triarchic theory」です。
なお、これをより発展させた形では、以下のようにも記されます
1′.Analytic intelligence → Componential subtheory
2′.Creative intelligence → Experiential subtheory
3′.Practical intelligence → Contextual subtheory
……が、今回は元の1-3の型で解説していきます。
Analytic intelligenceは最も分かりやすいでしょう。
これはいわゆる従来型の知能テストで測っている「知能」とほぼ同一の概念です。
図形の並びに法則性を見出す能力などは、まさに「分析的」という言葉がぴったりですね。
Creative intelligenceは従来の知能理論ではほぼ着目されていませんでした。
しかし、これが「知的能力として重要な存在」であることを疑う人はいないでしょう。
問題は、「創造性」を定量評価する尺度というのが設定しにくいことです。
そもそも、「創造性」というものが正規分布するのかどうかさえ分かりません。
これが「計算速度」や「語彙力」のような定量化しやすい能力と決定的に異なる点です。
「創造性を測定する」というトピックに関しては、こちらのレビューなども非常に参考になります。
興味のある方は是非とも深追いしてみて下さい。
このレビューでも、Sternbergが「創造性」という要素を知能研究の俎上に上げたパイオニアの一人であることが分かります。
Practical intelligenceは、「実際に現場で上手くやる能力」とでも言いましょうか。
これは特に学校より職業の場で顕著かと思いますが、学歴や専門知識と「現場で発揮される有能さ」が必ずしも一致しない経験は多くの人が持っているかと思います。
Sternbergは、こうした「実際の日常場面で発揮される能力」をPractical intelligenceとして独立した能力とみなしました。
「机上のテストで優秀だが、実務で全く役に立たない」という人が少なからず存在する以上、ここに別個の能力を想定するのはそれなりに筋が通った考え方かと思います。
Practical intelligenceに連なる存在として、Sternbergは「暗黙知 tacit(implicit) knowledge」という概念を強調しました。
これは言語化・マニュアル化しやすい知識である「形式知 explicit knowledge」と対比する概念で、いわゆる「習うより慣れろ」といった類のスキルや知識のことです。
知能テストで測るような知的能力に差がなくても、この「暗黙知」の高低がベテランと素人の大きな差になっていると彼は考えました。
手工業ではこうした要素は特に顕著ですが、職業技能一般にこのような側面があることは否定できないでしょう。
Successful intelligenceの有用性
さて、「社会に出て役に立つ能力」を単に3つ列挙しただけでは科学理論とは言えません。
「そんなのは自己啓発サロンでやれ」という話になります。
Sternbergの「Successful intelligence」は既存の知能理論を覆すに足る理論だったのでしょうか?
まず大前提として、Sternbergの三頭理論における「3つの能力」は、統計的に既存の知能との独立性が示されているわけではありません。
つまり、何らかの証拠からボトムアップで構築した理論とは異なり、この枠組は極端に言えば「思いつき」に近いものです。
しかし、これは仕方ない部分もあります。
というのも、「創造的知能」などはSternbergが俎上に上げるまで「知能」ともみなされていなかったので、点数化の方法が全く無かったのです。
「実践的知能」についても厳しいところで、大学であればせいぜい「学業成績」で検証するといったところでしょう。
そして、この「実践的知能」がどう測定しても既存の「一般知能」と正相関してしまうことは想像に難くないでしょう。
というわけで、Successful intelligenceは、理論構築の段階においてEvidence-Basedではありません。
しかし、発想の段階において科学的データに基づいていない理論であっても、それが結果的に「予測」や「介入」という観点で「何らかの有用性」をもたらすことを示せれば、実用的なEvidenceは示せることになります。
Sternbergは自らの学説を証明するために、「RAINBOWプロジェクト」という大学生対象の大規模研究を行いました。
彼が提示したのは概ね次のような結果です(Huntのまとめに依る)。
・従来のようにSAT(入試)の点数に基づいた予測では、初年度のGPA(大学の成績)のばらつきの10~15%程度しか予測できない
・彼の三頭理論に基づいた能力評価を加えると、この予測力は15~25%まで上がる
この値が大きいか小さいかは解釈次第ですが、Earl Huntはこれを「statistical problem」であるとしています。
統計的な妥当性とは別に、この研究ではサンプルの問題もあります。
SATは入試で使われる尺度なので、「大学に入学できた生徒」というのはSATがそれなりに高い人に偏っているはずです。
つまりこの群では「SAT単独での予測力」を過小評価する可能性があり、「入試と違う尺度」で測れば、それが何であっても予測力を高める勝算はそれなりに高くなるのではないかと予期されます。
例えば、「その予測精度の向上は、CHC理論やg-VPRモデルにのような既存理論に基づいた別の知能テストを加えた時より強力なのか?」といった疑問へのアンサーにはなっていないわけです。
GottfredsonはSternbergを、「既存の『g』に基づいた知能理論の蓄積を極めて軽視した上で、自説を補強するために偏った統計分析をしている」として痛烈に批判しています。
この応報はSternbergからのさらなる反論も含め、なかなか重厚な議論となっています。
原著に当たりたい方向けにリンクを張っておきます。
Gottfredson, Linda S. “Dissecting Practical Intelligence Theory: Its Claims and Evidence.” Intelligence 31, no. 4 (2003/07/01/ 2003): 343-97.
Sternberg, Robert J. “Our Research Program Validating the Triarchic Theory of Successful Intelligence: Reply to Gottfredson.” Intelligence 31, no. 4 (2003/07/01/ 2003): 399-413.
総合的に見て、Sternbergの「Successful intelligence」は、既存の「一般知能g」を否定するには至っていない、というのが中立的な見方でしょう。
「三頭理論」は、「CHC理論」を覆したり、取って代わったりできる存在ではありません。
「創造的知能」や「実践的知能」が、既存の知能とは独立に強力な実務能力の予測因子として機能するという主張は、多くの科学者に受容されるほど適切かつ統計的な形で提示されていません。
個人的な所感として、彼の「Successful intelligence」は「現状の理論の対抗馬」というよりも、「現状の知能理論の補完パッチ」という視点で有意義な存在なのではないかと思いました。
彼の「実践的知能」とは「CHC理論のGc」と独立な概念ではありません。
CHC理論の「結晶性知能(Gc)」などは、このような「社会で上手くやっていくための(非言語的な)ノウハウ」も含んだ概念でもありますから。
しかし、「軍隊を指揮する時の資質」といった「特定の職能」を想定した場合に、非言語的な「暗黙知」が重要な位置を占めることは、従来の理論ではあまりフォーカスされていませんでした。
「創造性」もそうです。
「創造的知能」が「一般知能と相関しない」と主張するのはおそらく難しいですが、従来的な知能の枠組みの中に「創造性そのものを能力として評価する」という発想がほぼ無かったことも事実です。
また、三頭理論(鼎立理論)は近年では人工知能(AI)の文脈でもしばしば援用されています。
(これは私の不見識もあり、「なぜ」とまで言われると困りますが……)
Sternbergの「Successful intelligence」は「実証的な科学理論」としての立場は非常に不安定ですが、「学ぶべき視点を持っている」という点では部分的に評価されていると言えましょう。
無理やり綺麗にまとめましたが、今回はここまで。
おわりに
★ひとことまとめ
1. Sternbergは「実社会での有能さ」をより反映する理論を目指した
2. 三頭理論は「分析的知能・創造的知能・実践的知能」で構成される
3. 科学的には疑問が多いが、「暗黙知」という考え方は有用である
★参考文献
・書籍
Hunt, E. (2010). Human Intelligence. Cambridge University Press
佐伯胖(監修), 渡部信一(編集) (2010).「学び」の認知科学事典. 大修館書店
中島義明(編集), 箱田裕司(編集), 繁桝算男(編集) (2005). 新・心理学の基礎知識. 有斐閣
・論文
Ackerman, Phillip L. “A Theory of Adult Intellectual Development: Process, Personality, Interests, and Knowledge.” Intelligence 22, no. 2 (1996/03/01/ 1996): 227-57.
Batey, Mark. “The measurement of creativity: From definitional consensus to the introduction of a new heuristic framework.” Creativity Research Journal 24.1 (2012): 55-65.
Gottfredson, Linda S. “Dissecting Practical Intelligence Theory: Its Claims and Evidence.” Intelligence 31, no. 4 (2003/07/01/ 2003): 343-97.
Sternberg, Robert J. “Our Research Program Validating the Triarchic Theory of Successful Intelligence: Reply to Gottfredson.” Intelligence 31, no. 4 (2003/07/01/ 2003): 399-413.
Sternberg, Robert J. “The Rainbow Project: Enhancing the Sat through Assessments of Analytical, Practical, and Creative Skills.” Intelligence 34, no. 4 (2006/07/01/ 2006): 321-50.
佐伯胖(監修), 渡部信一(編集):
「学び」の認知科学事典.
大修館書店, 2010/2/1
子どもの学校における「学び」から、大人の職業技能に関する「学び」まで。
「学び」に関する理論・エビデンス・アプローチが集約されています。
今回紹介したSternbergの「暗黙知」や、前回紹介したGardnerの「多重知能理論」にも触れられています。
★この研究会について
以下の書籍の輪読会をインターネット上にて定期開催しています。
Earl Hunt: Human Intelligence(2010, Cambridge University Press)
本記事は輪読会の内容を元に、メンバーのトークも盛り込んでサマライズしたものです。
トピックや話の流れは上記のテキストを踏襲していますが、内容は再解釈の上で大幅に加筆や再編を加えています。
なお、研究会に参加をご希望の方はこちらの記事をご覧ください。
この記事を書いた人
狐太郎
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