「全ての『知能』は正相関する」
この事実から「一般知能因子 g」なる概念が提唱されました。(前々回の記事)
しかし「一般因子と特殊因子で全てを説明する」というのはとても大雑把なモデルでした。
今回紹介するのは、「g」の概念を踏まえつつ発展させた2つの知能モデルです。
「CHC理論」と「g-VPRモデル」についてお話しましょう。
流動性と結晶性
先に紹介するのは、「Cattell-Horn-Carroll理論 CHC theory」です。
その名の通り、Cattell、Horn、Carrollという3名の知能研究者よって確立されました。
いきなり前回までの流れをぶった切りますが、これまでの「実証的な統計データに基づいたボトムアップ的なアプローチ」について一旦忘れてください。
「ボトムアップ的なモデル」に対して、「トップダウン的なモデル」があるという話を、ここでチョットだけ書きました。
「先に理屈ありき」のトップダウン的な知能モデルの代表格は
「流動性知能fluid intelligence/結晶性知能crystallized intelligence」というモデルです。
簡単に説明すると、「完全に初見の問題を解く能力」を「流動性知能」と呼び、 「一度身につけた知識や技術で問題を解く能力」を「結晶性知能」と呼ぶわけです。
「(成人以降で)年を取るほど下がっていく能力」が「流動性知能」、「年を取るほど上がっていく能力」が「結晶性知能」と考えてもいいかもしれません。
この概念は多くの人の直観的な知能観に近いこともあり、実証的な根拠が薄い頃から支持を受けてきた考え方であります。
少し時代が進み、Spearmanによって「g」が発見されます。
Cattellは一般知能因子g(前々回の記事で詳述)の研究を進め、「g」の中身を「流動性知能」と「結晶性知能」に大別できそうだという結論に至ります。
Cattelの提唱した知能モデルを図式化すると、こうなります。
次にこれをHornが更に拡張しました。
Hornは「Gf(流動性知能)」「Gc(結晶性知能)」以外にも数々の「G因子」を見つけてしまいました。
さあ、すると元のSpearmanによる「g」の1因子モデルからはどんどんかけ離れてきます。
これを上手くまとめあげて、理論として完成させたのがCarrollです。
CHC理論の完成
Carrollは460以上もの大量の知能検査研究のデータを解析して、CattellとHornの知能モデルを確かめることにしました。
Carrollの解析の結果、「テストごとの能力」を規定する「特殊因子」の上位には「Gf」「Gc」を始めとした「複数の一般因子」が現れることが分かりました。
ここまではCattellとHornの提唱した通りです。
しかしCarrollの解析の結果、これらの「複数の一般因子」は更に正相関を示してしました。
つまり、その上位に更に「一つの一般因子(g)」が見出されたのです。
こうして、完成された「CHC理論」は、次のような3層構造で知能を説明することになりました。
・第3層……一般知能因子 g (全てのタスクの成績に影響する)
・第2層……広い能力 (あるカテゴリのタスク成績に影響する)
・第1層……狭い能力 (ある特定のタスクの成績に影響する)
つまり、前回・前々回の記事で扱った「g」の1因子モデルでは、
・「一般因子」……全てのタスクに影響する知能
・「特殊因子」……特定のタスクに影響する知能
と能力を2層で説明したわけですが、CHC理論はここに更に中間層を置くことになったのです。
この2つを対比してみましょう。
かつて「Gf(流動性知能)」「Gc(結晶性知能)」と呼ばれた知的能力も、この「第2層」に含まれることになりました。
前々回の記事で、「gと高く相関する」と紹介した「RPM」と「語彙課題」ですが、RPMはGfに、語彙課題はGcに対応するので、それぞれgの別の面を見ていたとも言えるわけですね。
この「第2層」の能力というのが実は曲者で、その後の研究でどんどん拡張されていくのですが……
ひとまず今回は「Cattell-Horn-Carroll CHC (Gf-Gc) Theory: Past, Present & Future」に倣って、代表的なものを紹介しておきます。
・第2層(広い能力)の一覧
Gf(流動的知能): 思考や推理によって問題を解く能力
Gc(結晶的知能): 母語の運用など、汎用性の高い知識
Gv(視空間能力): 視覚的・空間的イメージを理解・操作する能力
Ga(聴覚的処理): 聴覚的なパターンを識別・理解する能力
Gsm(短期記憶): いわゆるワーキングメモリ
Glr(長期記憶・検索): 記憶を適切に素早く記銘・想起する能力
Gs(認知的処理速度): 熟練した認知課題をあまり意識せず素早くこなす能力
Gq(量的知識): 定量的な思考・知識および数学的能力
Grw(読み書き): 読み書きの知識と技術
さらなる詳しい説明や根拠データが気になる方は、下記の解説サイトを訪ねてみると良いでしょう。
http://www.iapsych.com/CHCPP/4.CHCTheoryExtensions.html
こうして完成したCHC理論は、「古典的に支持されてきた結晶性知能/流動性知能というトップダウン的モデルを、統計解析によってボトムアップ的に再構築したもの」と言えましょう。
つまり「理論ベースの知能モデル」と「統計ベースの知能モデル」はここに統合を見たわけです。
CHC理論が知能テストのパラダイムに与えた影響は非常に大きく、現在最も有名な知能検査である「Wechsler式(WISC, WAIS)」も、新版はCHC理論に準拠する形でデザインされています。
g-VPRモデル
次に、CHC理論の対抗馬とも目される新たな知能モデル、「g-VPRモデル」を紹介します。
これも理屈はCHC理論と似通っているので、統計的な背景理論は簡単に触れることにします。
要は「因子分析で多層構造モデルを作ったらCHC理論とは違う階層構造が出ました」という話です。
g-VPRモデルの原型は、カナダのPhilip E. Vernon氏による3階層モデルです。
彼のモデルでは、gの下位構造として直行する2つの因子を想定していました。
・verbal:educataional factor (言語・教育因子)
・perceptual:motor factor (知覚:運動因子)
Wendy JohnsonとThomas Bouchardがこれを更に拡張したのが「g-VPRモデル」です。
彼らは、Vernon氏のモデルを発展させて、次のような4層構造のモデルにしました。
・第4層……一般知能(g)
・第3層……言語(V)/知覚(P)/回転(R)の能力
・第2層……汎用的だがやや狭い能力
・第1層……個別の能力
これも模式図で表すとCHC理論と非常に似ていることが分かります。
「一番末端が個別のテスト成績に影響する知能」
「一番上が一つの一般的知能」
という点はCHC理論と共通です。
CHCは中間層を「広い能力」の1層とした計3層の構造でしたが、g-VPRモデルは中間層を2層持った4層構造になっているというのが主な違いです。
Verbal(言語)の能力を例にして見てみましょう。
「発話」の能力と「言語理解」の能力は、別々のテストで測られるので一番下では別々になります。
Gf-Gcモデルでは次に両者が「Gc」として合流することになりますが、g-VPRモデルでは「発話」と「理解」は一応別の能力として第2層では別々のままです。(とはいえ、「発話の能力が反映される複数のタスク」、「言語理解の能力が反映される複数のタスク」はここで統合されています。)
そしてその上の第3層で、「言語能力」として一つに合流することになります。
第3層の「Verbal」「Perceptual」はいずれもVernonの理論で重要と見なされた二本の柱であり、この点で「g-VPRモデル」はVernonの理論の発展型と見なされているわけです。
「Rotation」はVernonの理論には無かったfactorで、新たにPerceptionから分離された要素です。
RPMのような「図形推定」の能力と、図形や立体を頭の中で他視点から見る「心的回転」の能力は、言語能力よりは近いものの、統計的にはそれなりに独立した能力として抽出されるということでした。
統計的に出てきちゃったものは仕方ない。
そして、第3層の3つの因子(V, P, R)もまた正相関するので、やはり第4層には「g」が置かれます。
ここについては改めて説明するまでも無いでしょう。
このように、「CHC理論」と「g-VPRモデル」は、両者とも「gによる1因子の知能モデル」を更に発展させた知能モデルです。
「『g』と『個別の能力』の間に『中間層』を想定して説明する」という方略も同じです。
CHC理論とg-VPR理論の相違点を大雑把にまとめるならば
・CHC理論は「中間層が1層だけど中間層の種類が多い」
・g-VPRモデルは「中間層が2層だけどgから直接繋がる因子は3種類に絞られている」
という言い方が出来ると思います。
2つの理論の分かれ目は「何を『より深い能力』とするか」の違いとも言えますが、これは客観的に白黒つけることが難しい問題でもあります。
「能力の数」を適切に推定する難しさについて、南風原朝和氏も以下のように語っています。
『因子数の推定の問題というのが、実は個々の母数の推定の問題よりも難しい問題なのです』
『安定した結果を得るために大きなサンプルをとると、それによって検定力が高くなり、「2因子で十分」とか「3因子で十分」とかの帰無仮説がことごとく棄却され、かなり多い因子数を仮定しないといけなくなってきます』
南風原朝和『心理統計学の基礎』pp.345-346
g-VPRモデルの提唱者でもあるJohnsonとBouchardは統計的な「モデルの当てはまり」や「モデルの説得力」から「CHC理論より俺たちのg-VPRモデルの方が良い」とする比較検討も出していますが、今後どうなっていくのかはまだ分かりません。
個人的にはgの1つ下の層がスッキリしているg-VPRモデルの方が分かりやすくて好みですが……
g-VPRモデルは2005年に提唱されたばかりなので、今後の動向を見守ることにしましょう。
いずれにせよ、こういう「統計解析で抽出された要素」というのは「どんな課題を行ったか」「どんな群で検査したか」によっても解析結果が異なることがあるので、どんなモデルであろうと今後も絶対視することは危険です。
そして、どのように切り分けたところで、「知的能力」が相互にオーバーラップを持つことは回避できません。
この原因の一つは、「どの課題を認知機能の発露とみなすか」という課題設定の思想自体が極めて文脈依存的・文化依存的であるからです。
「国語」「数学」「理科」「社会」といった境界がそうであるように、「どのような認知タスクを一つの能力とみなすか」は、自然科学的な境界線というよりも人為的に引かれる境界線なのです。
これは「Gf/Gc」という非常に素朴な分類についても例外ではありません。
このような「境界線の人為性」以外にもオーバーラップの原因はあります。
以下のような脳機能的な側面からもオーバーラップが生じえます。
・あるカテゴリの広い能力を獲得するのに別のカテゴリの能力が用いられる
・ある能力の運用の際に別の能力が補助的に使われる
実例として、「ワーキングメモリが文意を把握するのに必要になる」「言語能力が数学や理科の教科書を読む能力にも関わってくる」といった場面は想像しやすいかと思います。
以上、今回は「CHC理論」と「g-VPRモデル」という現在有力な二つのモデルを紹介しました。
両者の間には違いもあるものの、gと個別能力の間に、「類似したいくつかのタスクで発揮される中間的能力」を想定した点では共通しています。
新しいため日本ではあまり紹介されていませんが、今後存在感を増してくるのではないでしょうか。
おわりに
★ひとことまとめ
2. CHC理論は中間の第2層に数多くの「広い能力」を置いた
3. g-VPRモデルは「Verbal/Perception/Rotation」を第2層に置いた
★参考文献
・書籍
1.Earl Hunt: Human Intelligence(2010, Cambridge University Press)
・論文
三好一英, and 服部環. “海外における知能研究と CHC 理論.” 筑波大学心理学研究 40 (2010): 1-7.
・Web(2020/4/16アクセス)
http://www.iapsych.com/CHCPP/4.CHCTheoryExtensions.html
http://www.iapsych.com/CHCPP/CHCPP.html
https://en.wikipedia.org/wiki/G-VPR_model
イアン ディアリ(著), 松原 達哉(解説), 繁桝 算男(翻訳):
知能 (〈1冊でわかる〉シリーズ) .
岩波書店, 2004/12/10
知能の研究史をコンパクトに概観するのに良い本です。
軽い筆致ながらも、一般知能やCHCモデルについても触れています。
実際の研究データに基づいて話を進めているのも好印象。
★この研究会について
以下の書籍の輪読会をインターネット上にて定期開催しています。
Earl Hunt: Human Intelligence(2010, Cambridge University Press)
本記事は輪読会の内容を元に、メンバーのトークも盛り込んでサマライズしたものです。
トピックや話の流れは上記のテキストを踏襲していますが、内容は再解釈の上で大幅に加筆や再編を加えています。
なお、研究会に参加をご希望の方はこちらの記事をご覧ください。
この記事を書いた人
狐太郎
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