【書評】恐怖の哲学 ホラーで人間を読む
恐怖の哲学 ホラーで人間を読む.
戸田山和久,
NHK出版新書, 2016/1/7
BACKGROUND ――対象
「ホラー映画」という題材に潜む奥深さを「哲学的」に解き明かそうという本です。
「恐怖」は「非常に原始的な心理」とされていますが、「恐怖」は哲学や科学でどのように解明されているのでしょう。「恐怖の本質」とは何なのでしょうか?
また、「恐怖」がそれほどに根源的な心理であるなら、「ホラー映画」という「怖さを楽しむ」などという嗜好が人間だけで成立するのはどうしてでしょう?
本書は、科学と哲学を横断的に利用して、「恐怖」という心理現象を解明します。
そして、「恐怖」を通して、「哲学」のより深い議論まで踏み込んでいきます。
著者の戸田山和久氏は科学哲学や心の哲学で有名な方ですね。
普段は硬派な本を出している方なので、この本を見かけた時に「こういうイロモノも書くのか!」と驚いて思わず買ってしまいました。
METHODS ――目次
RESULTS ――所感
一見してイロモノっぽいタイトルではありますが、中身はかなり本格的な心の哲学・認知科学の議論がなされています。
「ホラー」という題材を扱いつつ、「心の哲学における心身二元論の基本的な論点」を非常にスマートにまとめているのです。そういう意味では、「心の哲学」の入門書と言っても遜色ない内容でしょう。
このことからも、「恐怖」が多くの機構に支えられた現象であることがよくわかります。
「恐怖」は、「身体」と「心理」、「行動」と「主観」が調和した現象なんですね。
こうした議論を展開する中で、本書ではもう一つの柱である「ホラー作品」の話にこまめに立ち寄り、実例を取り上げて解説しています。「様々なタイプのホラー作品を分析する」という点では「ホラー論評」なのですが、これがホラー論評であるだけでなく、「心の哲学の論証対象」であり「応用例」にもなっているわけです。
このように、「ホラー作品」というユニークな題材を用いながら、議論はどんどん深まっていきます。
認知科学から精神分析や心の哲学など、幅広い分野を巻き込みながら話題を展開していくので、まずその知見の広さ・深さに舌を巻きます。しかし、それが散逸的な列挙ではなく、きちんと論理の展開に沿って配置されているため、雑多な印象は全く受けません。
この哲学的議論の部分は、単に「ホラー論評」として読む人にとっては「冗長」と捉えられかねない部分ですが、「ガチ」な哲学的議論に興奮を覚えるタイプの人には堪らない、本書の醍醐味となっています。
気が付けば、「恐怖の反応」第1章に端を発した議論は、「哲学的ゾンビ」(ゾンビもホラーの登場キャラだ)を超えて意識の「ハードプロブレム」まで切り込んでいきます。
この「基礎知識を与えながら自分の論を提示していく」流れもかなり絶妙。入門書のように明快でありながら、無味ではなくちゃんと「話の筋」があるので飽きさせません。
また個人的な所感として、別の入門書で感じた「唯物論的立場からの議論の不十分さ」をかなり的確に補完しており、この点でも「入門書より入門書らしい」と感じました。なお、筆者の立場としては物質主義寄りで、「反物理主義ゾンビは退治する、反機能主義ゾンビとは共存する」とまとめられております。
筆者の論に賛同するにせよ反対するにせよ、心身問題の現代的な論点に本書1冊でかなり触れることが出来ているのは確かです。
「哲学」「心理学」「脳科学」などと銘打った新書はキワモノが多く、雑学とデマをハイブリッドしたような本ばかり見かけますが、本書はそれらとは一線を画す内容です。このことは巻末の「参考文献」の内訳からも一目瞭然ですね。
CONCLUSIONS ――結語
ホラー作品の楽しみ方として、「『ホラー作品を楽しむ心理』を考察して楽しむ」という楽しみ方が一つ増えました。しかし、ただの「ホラー論評」と思ったら大間違い。
科学と哲学を横断しつつ俯瞰する、本格的な「心の哲学」の入門書でした。
こんな人にオススメ
★哲学・心理学に興味のある人
★ホラー映画が好きな人
★「哲学的ゾンビ」が気になる人
恐怖の哲学 ホラーで人間を読む.
戸田山和久:
NHK出版新書, 2016/1/7
狐太郎
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