【書評】個体発生は進化をくりかえすのか

4 自然科学

【書評】 個体発生は進化をくりかえすのか

 

個体発生は進化をくりかえすのか

倉谷滋,

岩波科学ライブラリー, 2005/7/9

 

 

 

BACKGROUND ――対象

 「個体発生は系統発生をくりかえす」

 ――有名なヘッケルの言葉であり、「反復説」と呼ばれてる仮説を端的に語るものです。

 「個体発生」とは、受精卵が細胞分裂と分化を繰り返して、一つの個体の形をなすまでの過程のこと。生物学において、単に「発生」と言う場合この「個体発生」のことを指すことが多いです。

 これに対して「系統発生」とは、端的に言えば「進化」のこと。原始的な生物種から個々の生物種に分岐していく過程を指しています。

 つまり「個体発生は系統発生をくりかえす」という命題は、簡単に言えば「一つの生物体が発生する際に、その生物がそれまで進化してきた道筋に沿った形態変化を辿っていく」という事象を意味しています。

 

 高校でも教えられるほど有名な「反復説」。これを裏付ける現象は多く知られています。

 たとえば、心臓は哺乳類の胚であっても、魚の心臓→両生類・爬虫類の心臓→哺乳類の心臓、という風に形を変えて哺乳類の心臓の形になります。また別の例として、ヘビの胚は、ヘビの祖先となった爬虫類が一時期そうであったように、卵の中で一時的に脚が現れる時期があり、後にその脚が消失する過程を経て、あの脚のない姿となります。

 このように「反復説」を裏付ける現象は数多いものの、これは数学や物理のように「証明」された「定理」ではありません。

 反復説を否定する現象はないのか? また、このような事実を単なる「経験則」から「法則」へと昇華するために、理論的な説明を与えることは可能か? 

 それがこの本の主眼であります。

 

METHODS ――あらすじ

はじめに
1 いまでもわかっていない、進化と発生の関係
2 反復説の歴史
3 法則か傾向か、偶然か必然か
4 反復説とこれからの進化発生学
5 なぜ反復するように見えるのか
あとがき

 

RESULTS ――所感

 進化論と実験生物学の中間に位置する話題の本書ですが、筆者が生物学の研究者であるだけあり、極めて実証的で論理的な筆致で話が進められていました。単に事実や学説を列挙するのではなく、それぞれの対立や矛盾を一つ一つ浮き彫りにしていく書き方が読み手の科学的思考を刺激してくれます。

 ともすればイデオロギー的な抽象論に流れかねないこのテーマをきちんと「科学教養」としてまとめ上げていることに感銘すら受けました。

 この明快さは、筆者のスタンス・叙述力によるところが大きいでしょう。単なる見かけ上の「傾向」と、論理的な帰結から導かれる「法則」をきちんと区別し、「いかなる仮説が現状を上手く説明しうるか」をあくまで客観的に論じていく筆力。

 

 内容についてもざっと振り返っておこうと思います。

 第1章は、「反復説」そのものの概観。筆者の体験など具体的な話から入っていくので、抽象的な話が苦手な人でも「反復説」について一通りの認識が持てるようになるはずです。そして、その「反復説」が現代で抱える批判についても。本書の主題がここに詰まっています。

 第2章は「反復説」の成立過程の話。発生の話が系統分類と結びつき、それがヘッケルにおいて進化論と結びつけられるまでの研究史。「反復説」そのものの丁寧な説明であると同時に、科学史としての楽しみがあります、

 第3章は、学説よりも現実的な進化や発生の現象に着目した話です。高校生物を学んだ人やにとっては、進化と発生の繋がりが具体的な例で繋がっていくので、特に面白く感じられるはずです。生物系でない方には、『新しい発生生物学』(浅島誠、木下圭/ブルーバックス)の予習や併読もオススメ。

 

 そして第4章・第5章では、「反復説」の是非について論じ、解釈し、考察する。まさにクライマックスです。

 「法則と言えるほど根拠を持つものなのか」「単に形だけそうなっているように見えるだけなのか」「そうだとしたらどうして形にだけそんな規則が現れるように見えるのか」「そもそもそこまでの規則性を示しているのか」といった、様々な疑問を、突き合わせて考えていく。

 この本の中では一番複雑な議論がなされているところで、気を抜くと振り切られそうではありますが、ここが一番面白いパートでした。

 前半までの話の筋をちゃんと捉えていないとこの後半を「わかった」という気になかなかなれないかと思いますが、苦労して前半で奮闘するだけの価値は大いにあると思います。

 

CONCLUSIONS ――結語

 「発生」という数時間~数年スケールの現象と、「進化」という数億年スケールの現象。

 この二つに結びつきを見出すという、ロマン溢れる生物学談義。この難解なテーマを扱いながら、地に足の着いた語り口で上質な「科学教養」として成立させているのは見事とい言うほかありません

 最終章での筆者の結論は、「結論」と言うより「現状における見解」に近いように感じましたが、個人的には納得のいく落とし所でした。

 

 最後に推奨レベルですが、レベル的には、高校生物(最低でも生物基礎)程度の知識があった方が良いです。義務教育レベルの生物知識しかないと初出の概念が多すぎて挫折しそうです。一番楽しめるのは高校生物+αくらいのレベルかと。

 この本だけで読んでも内容が知識的に飛躍しているわけではないので、きちんと順を追って読めば単体で読めるはずなのですが、やはり後半は圧倒されます。高校生物未履修の方は、上でも挙げた『新しい発生生物学』(浅島誠、木下圭/ブルーバックス)などを予習に読むと良いと思います。

 

 古典的な学問である「発生進化学」の近況を、現代からざっくりと俯瞰してコンパクトにまとめている一冊。

 サイズ以上のワクワクがあり、お得感がありました。

 

 こんな人にオススメ

 ★高校生物を学んだ人
 ★進化論/発生学に興味のある人
 ★生物学の教養を深めたい人

 

 

個体発生は進化をくりかえすのか

倉谷滋,

岩波科学ライブラリー, 2005/7/9

 

 

 

新しい発生生物学
生命の神秘が集約された「発生」の驚異

倉谷滋,

ブルーバックス, 2003/5/17

 

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木村勝哉

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