DNA、遺伝子、ゲノム、エピジェネティック……
混乱しがちなこの辺りの用語を、備忘録的にサクサクとまとめてみました。
「DNA」と「遺伝子」の違いは?
簡単に言えば、
「DNA」は「物質としての名前」=ハードウェア
「遺伝子」は「機能としての名前」=ソフトウェア
ということになります。
DNAとは「デオキシリボ核酸deoxyribonucleic acid」という物質の名前。
遺伝子情報がこの物質の形で格納されているということになります。
ちなみにDNAの説明として「二本鎖のアノ分子の名前である」という説明はチョット惜しい。
二重らせんは2分子の水素結合なので、「一本鎖DNA」も存在します。
「染色体Chromosome」は「DNAと付属品を含めた名前」。
ヒトではDNAだけふわふわ浮いて細胞内にいるわけではなく、ほどけないようにタンパク質に巻き取ってあります。「染色体」はそれを合わせた名前。
「染色体にならないDNA」としては、ミトコンドリアDNAなどがあります。
「遺伝子gene」は、単純に言えば「遺伝形質のもと」のこと。
厳密には「個体から個体へ伝わり、形質を発現する元となる情報」と言えましょう。
英語の「gene」はシンプルですが、「generate」や「hydrogen」といった単語を見ると、「gen」が「~を生じる」「~の元になる」というニュアンスであることが分かるでしょう。
「ゲノムgenome」は「1セットの遺伝子情報全て」のこと。
(※ヒトのような2倍体の生物では1つの核に含まれるDNAは原則として2セットで1式になっています」)
「-ome」という用語は「全ての~を含んだもの」という意味のものが多いですね。
逆に言えば「ゲノムの中から一部を切り出したもの」が「遺伝子」と呼ばれます。
切り分ける単位として、一つの機能単位である「タンパク質」の単位で扱うことが多いです。
実は歴史的には、「遺伝子」という概念の方が古くて、「まだ何だか分からんけど、『遺伝』という現象の正体がいるはずだから、そいつに『遺伝子』という名前をつけてしまおう」という時代が先にありました。メンデルの時代ですね。
(ダーウィンが「Pangenesis」を提唱して、その後ウィルヘルム・ヨハンセンが「gene」としたとか。https://en.wikipedia.org/wiki/Gene)
つまり、「親から子へと情報を伝えている物質を探して実験しまくったら、遺伝子情報がDNAという物質に含まれていることが分かった」という経緯なんですね。
ただ、そういう歴史的経緯を知らなくても、例えば「遺伝子がRNAで保存されているウイルス」などを想定すれば、「遺伝子≠DNA」であるということは納得できるはず。
本に例えると分かりやすい
「ハードウェアとソフトウェア」と言っても分かりにくいので、本で例えてみます。
ヒトの「46本の染色体」が「23冊構成のシリーズ本×2」だと考えて下さい。
「染色体=本」を作るのは情報を持った「DNA」と、その他の役割を担う「タンパク質」。
「DNA」は「印刷された紙」に相当しますね。
そして「一文字一文字を刻むインク」が「塩基対」に相当します。
「中に書かれている文」が「遺伝子」に当たります。
「シリーズの全ての本の文章」をひとまとめにしたものを「ゲノム」と言います。
ちょっと図にしてみましょう。
何となく区別が一望できたでしょうか。
生物の論述では、こうした違いを理解していない記述は一目瞭然なので気を付けましょう。
・「mRNA」が鋳型にするのは「DNA」であり、「遺伝子を鋳型にする」ことは出来ません。
・「半保存的複製」は「複製元のDNAが新しいDNAに半分ずつ残る」という意味であり、「遺伝子が半分保存される」わけではありません。(遺伝子はほぼ全て保存的に複製されます)
・「制限酵素」は「特定の塩基配列でDNAを切断する酵素」であり、「特定の遺伝配列」を切断するのでもなければ、「遺伝子を切断」するものでもありません。
・「ヒストン」は「染色体」の一部であり、転写や翻訳にも間接的に関わる存在ですが、「ゲノム」とは互いに無縁の存在です。(ゲノム側にはヒストンの情報も入っています)
・ショウジョウバエの唾液腺では「染色体」が見えているのであり、そこで「DNAが可視化されている」と言うのは正しくありません。
・「オペロン」は「調節に関わる遺伝子群」ですが、「オペレーター領域」は「DNA上の一部分」を指します。
ゲノムは本当に「遺伝情報の全て」なのか?
ここからは余談です。
「ゲノムシークエンス解析」などでいう「ゲノム」は、「(配偶子の)染色体のDNAに含まれる塩基対の情報を全て書き写したもの」といった意味合いで使われています。
しかし、「遺伝する情報」とは、塩基対の情報が全てなのでしょうか?
近年話題の「エピジェネティクスEpigenetics」は、これに対する反証となるものです。
簡単に言えば、「塩基配列は変わらない」のに「遺伝情報の発現が変わる」といった現象です。
マウスの実験では「親が受けた恐怖体験が子供のマウスの怖がり方に影響する」という実験結果もあります。
「獲得形質の遺伝」という意味で「ラマルクの復活」とも言われているのが面白いですね。
エピジェネティックな現象は、典型的には「DNAのところどころに小さな分子がくっついたりする」ことによって引き起こされる例がよく知られています。
生活習慣病や精神疾患の発症率についても、エピジェネティックな要素で体質が影響を受けるようで、最近では盛んに研究されています。
エピジェネティクスはここ10年ほどの流行ですが、生物は高校理科の中でも最新研究に特に敏感なので、そろそろ教科書にも載りそうな気がします。
ちなみに「エピジェネティクス」という用語こそ出ていませんが、この概念自体は既に大学入試の生物でも出題されています。(阪大2013前期生物など)
色々付け足してたら脱線が充実してしまいました。
とりあえず下にまとめておくので、これだけでも覚えてって下さいね。
★ひとことまとめ
3. 「塩基配列」以外の遺伝情報として「エピジェネティクス」が注目されている
☆このトピックにオススメの本
理系総合のための生命科学 第4版
分子・細胞・個体から知る“生命”のしくみ.
羊土社, 2018/3/7
「高校生物を履修していなかったので網羅的に学びたい」という人が1冊だけ通読するなら本書を迷わず勧めます。
説明が丁寧なので独学向きですし、最先端の研究と密接に関連するトピックでは高校レベルより踏み込んで詳しく説明しているので、読んでいてとても楽しいです。
東大のような難関大学はカリキュラムの問題で「頭は良いけど生物を習ってこなかった理系大学生」が多いだけに、こういう教養の需要は高いのでしょうね。
高校生物を学び直したい大学生だけでなく、意欲ある理系高校生にも勧めたい一冊です。
分子生物学入門.
岩波新書, 2002/3/20
こちらは既に高校生物がある程度分かっている人向けの本。高校生物か化学の生命分野を履修していないと厳しい。
「人体というシステム」が、「生体分子というカラクリ仕掛け」によってどのように支配されているか、そしてそれをいかにして解き明かしていくか、という科学のロマンが詰まっています。
筆者は生物を理解するためのキーワードとして「情報・機械・エネルギー」の3本柱を提示しています。こうした筆者の「生命観」の妙味も本書の持ち味。
「新書でここまで踏み込むのか」というディープな内容で、生命系の学生でも十分楽しめる一冊です。
参考文献
書籍
東京大学生命科学教科書編集委員会 (編集) : 理系総合のための生命科学 第3版〜分子・細胞・個体から知る“生命”のしくみ. 羊土社, 2013/2/27
榊原隆人 (著) : 生物早わかり 一問一答. KADOKAWA, 2016/4/14
Web
https://en.wikipedia.org/wiki/Genetics
https://en.wikipedia.org/wiki/Genome
https://en.wikipedia.org/wiki/Epigenetics
いずれもアクセスは2018/5/31に確認
書いた人
狐太郎
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