科学者たちは「生物」という「神のロボット」に挑み続ける【新書読書】

科学者たちは「生物」という「神のロボット」に挑み続ける【新書読書】

鈴森 康一

ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか
工学に立ちはだかる「究極の力学構造」

ブルーバックス, 2012/4/20

 

目次
1部 「まねる」と「似てしまう」のあいだ
 第1章 それは「似せる」ことから始まった
2部 ロボットはなぜ、生き物に似てしまうのか?
 第2章 巨大ショベルカーとゾウがそっくり!?
 第3章 「足を動かす順序」まで似てしまう!?
 第4章 2足歩行ロボットはテニスプレーヤー!?
 第5章 柔らかいからだと柔らかい動き
3部 ロボットを誘惑する生き物たち―工学から見た生き物のからだの機能美
 第6章 ロボット設計者が憧れる究極のモータ
 第7章 神は細部に宿る
 第8章 ロボットと生き物の境界線
4部 神に挑む―「生き物を超える」ロボット作りを目指して
 第9章 神様に素朴な質問を投げかけてみる
エピローグ 「カンブリア紀」に向かうロボットたち―ロボットはなぜ、急速に“進化”できたのか?

 

今日は「ロボットと生物」がテーマの本。

むしろ「生物というロボット」がテーマと言っても良いかもしれない。

 

これもタイトルが疑問形の新書ですが、この問いの答えはさしずめ「この世界における力学的制約を共有しているから」といったところで、それほど意外性も面白味もありません。

本書のタイトルもあまり本書の本質を突いているとは思えませんが、この「なぜ〇〇は~~なのか」は以前の記事で指摘したように新書界隈の定型句みたいなものですから、本書もその枠組みを当てはめられてしまっただけでしょう。

 

本書の本題はむしろ「なぜ」よりも「どのように」であり、この部分に妙味があります。

例えば一つの例は、ロボットのワイヤ駆動

これは、「近位側に動力源を集め、そこから生じる力をワイヤを経由して遠位側で作用させる」という機構ですが、実は「ヒトの手」もこれに当てはまっているんですね。

掌を握るための筋肉は前腕に、指を曲げるための筋肉は掌にあります。(手をギュッと握ると前腕が膨らむはずです)

もう少しスケールを変えると、馬の脚も「脚を動かすための筋肉をほとんど胴体側に寄せている」という点で共通だと筆者は言います。

なぜこの様な共通性が生まれるかと言えば「物理学的に有利だから」ということになりますが、実際にどのように有利なのか。

簡単に言えば、末梢側を軽くしておくほど、同じ角速度で運動させる時の慣性モーメントが小さく出来る、ということ尽きるでしょう。

「動力源」は往々にして質量があるので、これを近位側に寄せると小さな慣性モーメントで脚や指をコントロール出来ます。

つまり、「同じ機構に動かすのに必要なエネルギーが小さくなる」「同じエネルギーで速く脚を動かせる」ということになるわけですね。

 

それから、「ロボット学者が合理性を突き詰めて四足ロボットの歩行パターンを考えたら、実はほとんどの四足動物に見られる普遍的な足運びと一致していた」という話も紹介されています。

こちらは「どのように」物理的制約と関わっているか説明するには図がないと難しいので、気になった方は是非本書を読んでみて下さい。

 

このように「ロボットの合理性を突き詰めたら生物と一致した」という例が前半にはいくつか紹介されていますが、途中からは「生物を模倣しても模倣しきれない」例が出てきます。

例えば、「なぜかほとんどの二足歩行ロボットは膝を曲げたダサい立ち方になってしまう」とか、「ロボットの肩関節はヒトの肩関節ほどの可動域にできない」と言った話。

 

また、面白いのロボットの困難の例は「ドアを開ける」という課題。

ネットでも「ドア開けに失敗するロボット」なんかは結構有名なネタで、ググると出てきます。

https://gifmagazine.net/post_images/1308587

「ドアを開ける」という課題がロボットにとって「どのように」難しいのか、これも非常に面白いネタでした。

 

昨今のAIブームの中では「ロボットに対してヒトの優位性はどこにあるのか」という議論はどうしても「ソフトウェアとしての対比」に終始しがちですが、本書を読むとヒトとロボットはそもそもハードウェア面での得手不得手がかなり異なることが分かります。

この「ハードウェア的視点」を抜きに「AIに代替が難しい作業」は議論できないでしょう。

医療介護「ロボットでの代替が難しい」と言われるのは、「対象となる人を総合的に見なければいけない」という認知課題としての性質だけでなく、この「身体性」の側面も非常に大きいのだということが改めて認識できました。

 

こうした「生物の壁」を前にした著者の、ロボット工学者としての悲哀を感じる一文を紹介します。

ロボット設計者が知恵を絞れば絞るほど、その先には生き物が待ち構えている……。

 

ともするとこれは「敗北宣言」にも見えますが、私はパスカルの「考える葦」を思い出しました。

人間は一本の葦にすぎない。自然の中でも一番弱いものだ。(中略)宇宙が人間を押しつぶしても、人間はなお、これを殺すものよりも尊い。人間は、自分が死ぬこと、宇宙が自分よりもまさっていることを知っているからだ。宇宙は、そんなことは何も知らない。

―パスカル『パンセ』(http://www.fra5.net/bilingue/pascal01res.html)

生物の構造は確かにすごい。

でも、それを「たまたま」構築した生物たち自身は、そんなことをおそらく知らないのです。

それを解明して、理論化して、模倣も改良もできるのが、人間の構築した自然科学の偉大さでもあり、面白さなんじゃないでしょうか。

 

実際、本書では最後の方に「生物の身体構造としては基本的に採用されていないが、人間は容易に実装できた機構」の例もいくつか紹介されています。

そして筆者は最後の章をこう結びます。

ロボット設計者が大きな制約を受けるのは力学と幾何学の2つの物理的規制とコストだけだ。それゆえに生き物に「 似てしまう」ときもあるが、想像力と知恵の使い方次第で、神様の設計を超えることも十分に可能なのである。

生物には「細胞とタンパク質のブロックで基本構造を作る」「進化による漸進的改良で構築する」という制約があり、人間のメカ設計はこの制約から自由な点では明らかに優位性があるわけですね。

 

これ、実はすごく夢のある話じゃないですか?

この「生物に追いつき、そして部分的には生物を超える」という意気込みには非常に「アツい」ものを感じます。これをタイトルに反映させればいいのになぁ。

 

ちなみに本書の出版は10年前ですが、根幹となる「力学的制約からロボット設計と生物の構造が似る」というテーマは普遍性のあるものなので、それほど古く感じはしませんでした。

ただ、本書で一行しか触れられていない「ボストン・ダイナミクス社」は、近年「動物に似たロボット」を凄まじい勢いで開発しており、Youtubeなどでデモ動画も公開されています。

本書を読んでから「ボストン・ダイナミクス社」の製品を見ると一層すごさが感じられると思うので、是非動画を覗いてみて下さい。本書で「生物には得意だがロボットには不得意」とされた数々の機能を、彼らは実現しつつあります。

https://www.youtube.com/user/BostonDynamics

かがくの ちからって すげー!

 

 

★NEXT STEP

本川 達雄

ゾウの時間 ネズミの時間
サイズの生物学

中公新書, 1992/8/1

 

生物がいくら多様に進化しても、「3次元空間」や「重力」といった力学的な制約からは逃れることは出来ない。ゆえに、こうした物理学的制約は生物種普遍的にある種の不変量をもたらす。

――という議論に先鞭をつけたのが本書です。

物理学から生物学まで横断するこの名著が自然科学論壇に与えた影響は大きく、『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』でも『ゾウの時間 ネズミの時間』のネタは紹介されております。

「サイズと力学的制約」について、もっと深く踏み込みたいなら是非この一冊を。

 

養老 孟司

形を読む 生物の形態をめぐって

講談社学術文庫

2020/1/14

 

ロボットの学者から見ると「生物の身体」というのは「無数の試行錯誤によって生まれた、極めて洗練された機能的な構造体」に見えるかもしれませんが、生物学者から見るとそうでもない部分もあるようです。

養老孟司氏というと「脳」というイメージの方が多いかもしれませんが、実は東大の解剖学の教授です。「生物の体が、どのように今の形になったのか」を語らせたら抜群に面白いのです。

本書は養老氏の解剖学・博物学の見識が非常に高密度に凝縮された贅沢な一冊。

生物の身体も一概に「良く出来ている」わけではなく、「ありあわせで何とかやってきた」痕跡が色々なところに残っている、ということが垣間見えます。

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狐太郎

読んでは書くの繰り返し。 学んでは習うの繰り返し。

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