「認知症」と「アルツハイマー病」って違うの?【隙間リサーチ】

4 自然科学

先日、こんな科学ニュースが流れてきました。

田中耕一さんの技術、アルツハイマー早期診断への道開く:朝日新聞デジタル

 

私も興味があって精読したかったので解説記事にしようと思ったのですが、

「そもそもアルツハイマー病が何であるか知っている人って少ないのでは?」

という問題が噴出しまして。

 

「認知症とアルツハイマー病の区別もつかない状態で最先端の研究を説明なんて無理!」

ということで、先に「そもそもアルツハイマー病って何?」という話をまとめてみました。

 

信頼のおける統一的なソースということで、今回は下記文献を中心に話をします。

1. 日本神経学会『認知症疾患治療ガイドライン2017

 ※2017年版ガイドラインの公開に従ってリンクを張り直しました

2. Alzheimer’s Association『2017 Alzheimer’s disease facts and figures

1.「アルツハイマー病=認知症」ではない?

「アルツハイマー病」と混同されやすい用語として「認知症dementia」があります。

先にこちらの概念を整理しましょう。

 

まず、医学用語全般に通用する考え方ですが、

『○○』という用語は「表面的にどのような異常を生じるか」を基にまとめた概念で、

『○○』という用語は「実際に中で何が起こっているか」を念頭にまとめた概念である

と言うことを知っておくと整理がつきやすいです。

特に出典とかありませんが、まぁ慣習なので「そういう見方で見てみましょう」くらいに考えて下さい。

 

例えば「腹痛」というのは、「お腹が痛くなる」という「症状」を指す用語。だから「腹痛症」の中には更に「虫垂炎」や「大腸がん」や「腸閉塞」などが含まれます。

また、「バセドウ」と言えば、症状は「体重が減る」「胸がドキドキ」「疲れやすい」「目が少し突出する」など色々ありますが、そういう表面的なことよりも、「FSH受容体への自己抗体によってこれらの症状が引き起こされる」という「病態」に着目して名付けられています。

もっと踏み込んだ言い方をすれば、「○○」は「原因」を見ていて、「○○」は「結果」を見ている、と言っても良いかもしれません。

 

とりあえず、

・「○○症」は「症状」に基いて、「○○病」は「病態」に基いて、付けられる名前である

と考えて話を進めましょう。

 

では「認知症dementia」はどうでしょう?

これも「症状」を観察することで付けられる診断です。

ICD-10によれば、「通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次機能の障害からなる症候群」とされており、さらに期間や症状についていくつかの条件が付くようです。

他にも様々なガイドラインや総説で異なる定義が掲げられています。興味がある方はガイドラインの「認知症の診断基準にはどのようなものがあるか」も参照してみましょう。

 

ここでは詳細な項目の差異に深入りせず、共通する要点として下記の特徴を押さえます。

・思考力や記憶力といった脳の機能が失われていくこと

・これらの症状が徐々に悪化していくこと

・日常生活や社会生活に支障を来すこと

 

もっともっと、すごーく簡単に言いましょう。

・だんだん頭が悪くなってきて日常生活に支障が出る病気

であれば、広義に『認知症』と呼べるということです。

 

上記の要件は、いずれも実際の患者の観察に基づいて「社会的」「心理学的」に判断することが可能ですね。血液やMRIなど「生物学的な」検査は定義に含まれていないという点に注意して下さい。

「えっ、そんなガバガバでいいの?」って感じがしますよね。

この定義だと、「狂牛病」で知られる「プリオン病」さえも含まれることになります。

でも、それで良いのです。

あくまで「表現型としての症状のみに着目」しているので。

 

だから、意味のある病名として使うときにはもうちょっと細かい診断名になります。

例えば「アルツハイマー型認知症」とか「レビー小体型認知症」とかいうのがそれ。

正式な診断で使われる「アルツハイマー型認知症Alzheimer’s dementia」とはつまり、

「アルツハイマー病による認知症」を意味するわけですね。

 

2.じゃあアルツハイマー病って何?

ようやく「アルツハイマー病Alzheimer’s disease」が出てきました。

認知症」が「社会的な要素」によって引かれる境界線であることを強調したからには、「アルツハイマー病」は「生物学的な要素」によって引かれる境界線である、というわけです。

 

アルツハイマー病は、その名の通りアルツハイマー氏Alois Alzheimerが発見したことでその名がついています。

アルツハイマー氏は神経内科医として直接患者を診察するだけでなく、自ら顕微鏡を覗く神経病理学者でもありました。彼は患者の記憶能力が失われていることを報告しただけでなく、この病気を理解するために死後の脳を顕微鏡で調べたのです。

そして、その脳の中には「異常物質の蓄積」が発見されたのでした。

Grundke-Iqbal I, Iqbal K, George L, Tung YC, Kim KS, et al. (1989) Amyloid protein and neurofibrillary tangles coexist in the same neuron in Alzheimer disease. Proceedings of the National Academy of Sciences 86: 2853.

(画像は別の人の論文から取ってきた写真です)

アルツハイマー氏はこれらの「垢と糸」のような物質の蓄積を報告しました。

彼は単なる「記憶障害の患者の報告」をしたのではなく、それが「脳の中に溜まった『垢と糸』の仕業である」ことを指摘したからこそ、その名を病名として残すに至ったわけですね。

その後の研究で、この「垢と糸」の正体が、「アミロイド」「タウ」という二種類のタンパク質であることが分かりました。こうして、「アルツハイマー病」の本質が「アミロイドやタウが脳に蓄積することで、脳機能が低下していく病気」であることが明らかになったのです。

 

実は古典的には 、「アルツハイマー病」とは「一部の認知症」だけを指していました。つまり、「昔でいうアルツハイマー病」とは、上の項で出てきた「アルツハイマー型認知症」のことだったのですね。

ところが、実際には「アミロイド」と「タウ」は患者が「認知症」の状態になるよりも先に溜まってきているということが分かりました。更に言えば、「アミロイド」が先で、少し遅れて「タウ」が溜まってくるということも。

「より『病態の本質』に近いものを捉えられるのなら、そちらを基準に置いて定義した方が良い」というわけで、「脳にアミロイドとタウが溜まっている状態」がこの「アルツハイマー病」という概念の定義となりました。

 

今では、「認知症になる前の段階も含め、脳にタウやアミロイドが溜まっている状態」を「アルツハイマー病Alzheimer’s disease」と拡大して定義するようになっています。従来の「脳にアミロイドやタウが溜まって認知症を発症している状態」は、「アルツハイマー病」という一連の流れの中の一部の状態とみなされ、「アルツハイマー型認知症Alzheimer’s dementia/ dementia due to Alzheimer’s」と呼ぶことになりました。

 

これは、古くは「尿に糖が出てくる病気」として知られていた「糖尿病」が、「病態の本質は尿糖ではなく血糖である」と分かってから見方が変わったのと似ていますね。現在では「尿に糖が出る前」から「糖尿病」と診断が付くわけです。

 

さて、「アルツハイマー病としての異常物質の蓄積」が先にあり、それが進むと「アルツハイマー型認知症」になるのなら、その手前に「グレーゾーン」もあるはずです。

「早期発見」が進んだ結果、現在では以下のような3段階で進行の状態が捉えられています。

・preclinical AD = まだ無症状のアルツハイマー病

・MCI due to AD = アルツハイマー病でちょっと脳機能が落ちた状態

・アルツハイマー型認知症Alzheimer’s dementia = 生活に支障が出るようになった状態

 

3.認知症とアルツハイマー病の関係は?

さて、話がまとまってきました。

「認知症」心理・社会的な観点(=認知機能の低下が生活に支障を来す)で定義される。

「アルツハイマー病」生物学的な観点(=脳に特定の物質が溜まっている)で定義される。

「アルツハイマー型認知症」「アルツハイマー病による認知症」ですね。

 

ここまでの話を図にまとめましょう。

横軸が生物学的観点、縦軸が社会的観点です。
 
このモデルで、「何の病気もなかった人が、アルツハイマー病を発症し、認知症になる」までの流れを図示すると、下のような図になります。

何となくイメージが付いたでしょうか。

次の頁で田中耕一氏の論文を紹介する際には、この辺が重要になってきます。

「認知症でないアルツハイマー病もあるのか?」が分かったところで、逆に「アルツハイマー病でない認知症もあるのか?」という問題にも答えておきましょう。

よく分からない略号は読み流して下さい。大体何かの病気の名前です。

肝心なのは黄色の「アルツハイマー病」と、黄枠の「アルツハイマー病(AD)+他の病気の合併」です。

純粋な「アルツハイマー病」は認知症の中の4割くらいを占めることがわかります。「AD+他の脳疾患の合併」まで含めると、「認知症」の7割以上がアルツハイマー病を持っていることになります。

やはり「認知症=アルツハイマー病」というイメージが付くだけあり、認知症の中でアルツハイマー病が占める割合は高いといえます。

 

ただ、逆に「認知症の中にはアルツハイマー病以外の脳疾患もかなりいる」ということも重要です。100人の認知症患者を診た医者が、仮に全員を「単なるアルツハイマー型認知症」と診断したなら、そのうち半分ほどは「当たり」ですが、半分以上は「アルツハイマー病でない病気があるのに、見逃されてしまう」ことになるわけです。

 

こうして見ると「認知症ならアルツハイマー病」というのは「あまり精度の良くない近似」であると言わざるをえません。

 

 

今回は「知ってる言葉でも意外と知らなかった」ところにフォーカスしてみました。

今回の記事を書くにあたって、「アルツハイマー病」「認知症」「アルツハイマー型認知症」などをWebや書籍で調べましたが、意外とこれらの用語を混同している記事も多く、混乱を招きやすいと感じました。

迷ったら、複数の専門家が携わっているガイドラインや、スタンダードになっているレビュー論文を基本にするのが良さそうですね。

 

このまま最新論文の話をしようと思いましたが今回はここで終了。

科学の話というよりも疾患の実在論のような話になってしまいましたが、次の記事では「どうしてこんなにキッチリ定義の話をしたか」が明らかになるかと思います。(なるように書こうと思います……)

 

ちなみに本記事の情報は基本的に参考文献に挙げたものからの拾い読みなので、興味のある方はそっちを当たってみて下さい。

それではしばし休息を。

 

続きの記事はこちらです

→ 田中耕一氏の新技術はアルツハイマー病の将来を変えるか?

 

★ひとことまとめ

1.「~症」は「症状」、「~病」は「病態」に名前を付けている

2.アルツハイマー病で認知症になると「アルツハイマー型認知症」

3.アルツハイマー病には「認知症の手前」の段階がある

 

☆このトピックにオススメの本

ダウエ・ドラーイスマ (著),‎ 鈴木 晶 (翻訳)

アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語.

講談社, 2014

アルツハイマー氏を扱っている伝記はなかなかありません。

本書は「人名の付いた神経・精神疾患」を12章に分けて紹介している短い伝記集。12人のうち1人という位置付けではありますが、本書ではしっかりと、「患者の発見から病理の報告、そして老人の認知症の主要な原因疾患として見直されるまでの流れ」が詳説されています。出典が細かく記載されている点も素晴らしい。

「職場ではニッスルと病理仲間だった」「精神科のクレペリンがアルツハイマー知名度に寄与した」などは私も本書で初めて知りました。

 

 

河野 和彦 (監修)

ぜんぶわかる認知症の事典.

成美堂出版, 2016/3/1

「認知症について解明されている科学的事実」をきちんと扱っている数少ない一般書。とにかく、認知症関連は「科学的におかしなこと」「偏った主観」を書き立てていない本を探すだけで大変なので、こういう中立で科学的な一般書は貴重です……。

生物学的メカニズムまで踏み込んで解説していながら、ここまで「分かりやすい」本は画期的。本書の用語を押さえると認知症関連の論文は結構とっつきやすく読めます。

 

参考文献

ガイドライン

(監修)日本神経学会, (編集)「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会 : 認知症疾患治療ガイドライン. 医学書院, 2017

書籍

ダウエ・ドラーイスマ (著),‎ 鈴木 晶 (翻訳) : アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語. 講談社, 2014

論文

1. Association As (2017) 2017 Alzheimer’s disease facts and figures. Alzheimer’s & Dementia 13: 325-373.
2. Grundke-Iqbal I, Iqbal K, George L, Tung YC, Kim KS, et al. (1989) Amyloid protein and neurofibrillary tangles coexist in the same neuron in Alzheimer disease. Proceedings of the National Academy of Sciences 86: 2853.
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木村勝哉

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