【書評】音楽嗜好症

【書評】音楽嗜好症 脳神経科医と音楽に憑かれた人々

音楽嗜好症 脳神経科医と音楽に憑かれた人々

著:オリヴァー・サックス、訳:大田直子

ハヤカワ・ノンフィクション, 2014/8/22

BACKGROUND ――対象

 医学の世界では「極めて珍しい疾患」が「人間一般の普遍的性質」を解き明かす重要なヒントとなることがしばしばあります。

 例えば、「ある特定の機能だけが働かなくなる」例や、逆に「異常に働いてしまう」例をつぶさに知ることで、我々が「普通」だと思っている能力がどのような「機能」に支えられているのかを垣間見ることが出来るわけです。

 本書は、脳神経科医であるオリヴァー・サックス氏が出会った「奇妙な症状」を持つ患者たちの中から、とりわけ「音楽」に関係する症状やエピソードを集めて紹介している一冊です。

 この本で紹介されている数多の症例も、上記のような観点から見ると、ただの「奇妙な話」ではありません。もっともっと示唆に富んだ、「音楽と人間」に関わる深い真理を映す鏡の欠片として興味深く読むことが出来るでしょう。

 いわば「水面下で働いているもの」を「水面上」に引っ張り上げるフックとして、「奇妙な症状」は我々の「普通に音楽を聞き、普通に音楽を奏でる」ことへの「センス・オブ・ワンダー」を育ててくれる。

 著者である脳神経科医オリヴァー・サックス氏は、こうしたノンフィクション・エッセイを他にも多数書かれています。『妻を帽子とまちがえた男』や『火星の人類学者』なども有名。

METHODS ――目次

目次
序章
第1部 音楽に憑かれて
第2部 さまざまな音楽の才能
第3部 記憶、行動、そして音楽
第4部 感情、アイデンティティ、そして音楽
謝辞
訳者あとがき
解説/成毛眞
参考文献

RESULTS ――所感

 全部で4章の構成になっていますが、いずれの章も、特定の症状をテーマに症例を紹介し、それについての考察や例示で話題を広げているので、どこから読んでも楽しめる形です。

 「音楽を聞くと痙攣発作が起きる人」、

 「聴力には問題がないのに『メロディー』を感じることが出来ない人」、

 「失語症になったが『歌う』ことができる人」、

 「プロの音楽家を襲う『演奏ができなくなる』病気」

 ……などなど、様々な例が挙げられています。

 まるでファンタジーのようなこれらの話が、医師によって事細かに綴られた事実であるという点が驚異的でした。まさに、「事実は小説よりも奇なり」です。

 「奇妙な症状」を列挙して紹介するだけでなく、医学部で神経学の教鞭を執る筆者が、これらの症状に対して行っている考察が特に興味をそそられます。

 専門医としての確かな医学知識に加え、多くの患者と接してきた経験がなければ、ここまで人を惹き付けるノンフィクションは書けないでしょう。

 なお、欧米のサイエンスライターの常として「語りがくどい」ということもしばしば言われますが……その辺は慣れなので「感じ方は人それぞれ」と言っておきます。

 ページ数は確かに多いので、興味のあるところだけ読んだり、重く感じてきたらサラサラっと速読したり、適宜自分の読み方を使って「流して」みても十分楽しめるかと思います。

 特に私が面白いと思ったのは、音楽サヴァンの話題。先天性の患者の話以外に、「健常人でも、ある機械を使って一時的に脳の活動を局所的に抑えると、音楽サヴァンのような能力に目覚める人がいる」という実験なども紹介しております。また他にも、「脳疾患によって後天的にサヴァンに目覚めた人」といった例も。
(※知能全体としては並の人より低いのに、音楽能力だけが常人よりずば抜けている人のこと)

 「正常な」人間には「能力を抑制する機能」と呼ぶべき機能も備わっていて、それが十分に働くからこそ「バランスの取れた」人間として日常生活が送れるのではないか、

 ――著者が紹介する数々の症例から、私はそういう印象を受けました。

 そして、であるからこそ、「損傷」によって一部の機能が「失われた」はずの脳で、逆に「何かの能力が飛躍的に向上する」ことがあるのでは。そんな風にも筆者は仄めかします。

 また、筆者自身にも目を転じてみれば、患者たちについて語る「筆者の言葉」が、決してただの「観測者」ではないということも、本書の一つの「味」です。

 ほとんどの症例で、筆者は「主治医」という重要な立場として患者を見つめているのです。

 「脳」と「音楽」という2つのテーマを読み解く中で、私はこの筆者の語りから、「豊かに生きること」について非常に懐の深い人生観を感じ取ることができました。

 「日常」と「非日常」の間に生きている人――そんな印象を受けました。

CONCLUSIONS ――結語

 本書には、この書評に書ききれなかったほどの「音楽にまつわる奇妙な症状」が紹介されています。「症状を通して、我々の脳に対する興味が深まる」例は枚挙に暇がありません。

 「なぜ、希少疾患の研究に力を注ぐ人々がいるのか」「なぜ、珍しい症状に医者は興味を持つのか」……こうした疑問に対する一つの解答として、本書は非常に多層的なメッセージを持っているはずです。

 「脳」と「音楽」、そして「疾患と人生」について興味を持つ方には特にお勧めしたい一冊です。 

 こんな人にオススメ

 ★音楽の能力について興味がある人

 ★脳の疾患に興味がある人

 ★「音楽とともに生きる」ことを考えたい人

音楽嗜好症 脳神経科医と音楽に憑かれた人々

著:オリヴァー・サックス、訳:大田直子

ハヤカワ・ノンフィクション, 2014/8/22

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木村勝哉

高学歴高IQの理系アラサー婚活女子です。嘘です。 「全学問の素人」を標榜しています。 文系学問を中心に、「人間」と「社会」についてよく喋ります。
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