ふしぎの植物学
身近な緑の知恵と仕事
中公新書, 2003/7/1
今日は「植物」の本。
著者は植物学の教授であり、NHKラジオ「子ども科学電話相談」の植物担当として有名な田中修先生です。
「植物」は、あまり動かない事もあって地味で単純な生物という印象を持たれがちです。
アリストテレスは「植物」を「動物」と「物体」の中間的な存在と位置づけましたが、これは言い換えれば「生物としての生理学的機能に関して、動物に比べ植物はあまり高度ではない」という見解と読み取れるでしょう。
当然ながらアリストテレスの生物観は紀元前の科学水準に立脚したものですが、現代人でアリストテレスの見解にきちんと反論できる人はどれくらいいるでしょう?
高校生物では動物と並列して植物の生理学や生化学も学びますが、高校生物をきちんと履修する高校生はそもそも少数です。
そして、大学の教養講義や科学の一般書では、「生物学」というと基本的には「人間」を想定した話が中心です。(これは医学の教養にも繋がってくるので重視される理由も分かるんですが)
植物の生態も決して単純なわけではないのに、私たちは「植物の生物学」を学ぶ機会が少ないがゆえに、知識の欠如から「植物は単純な生物」と決めつけている気がしてならないのです。
そんなわけで、本書は「植物は単純でつまらない」と思っている人にこそ読んでほしい本です。
以下、本書の内容について、ざっくりとご紹介しておきます。
第一章は、光合成の話を中心にしながら、植物が光を獲得するのための工夫が語られます。
すごく基礎的な話でありながらも、「光合成」というものを中学理科のキーワード程度にしか考えていなかった身にとっては「植物ってこんなに光合成を中心に生きているんだ」という驚きがありました。
「モヤシがどうしてあんな形をしているか」というのも雑学ネタとしても面白かった。
第二章は主に蒸散の話。
これも現象としては有名ですが、意外とその実体が知られていないんじゃないかと。
誰もが持っている「植物を育てる」イコール「水やり」というイメージだけど、その意義を考えたことがある人って実は少ないんじゃないかなと思いました。
第三章は植物が強い日光、乾燥、被食、植物同士の競争、病気、といった外的要因とどう相互作用しているか、と言う話。
ここは章を通して一貫したテーマと言うよりは、いくつかの現象を個別に取り上げている感じです。高校生物でも出てこないような話がいっぱいで、なかなか面白く読めました。
一見静的で「何をしても反応しない」ような植物ですが、刺激に対して反応したり他の個体に危険を伝える手段を持っていたんですね。
第四章は季節性変化の話。
花が咲いたり葉が落ちたりといった季節事の変化は、特に日本人にとっては大昔から大いなる関心事です。
しかし、「これが何のために起きるのか」「どのようにして季節を見分けているのか」となると実は非常に難しい話なんですね。
ここの話は他の章に比べて少し難しいですが、植物の四季折々の変化に興味がある人にとってはなかなか気になるところかと思います。
第五章は植物が実を付ける・タネを作るといった生殖の話。
植物の生殖というのは即ち農作物に直結しますから、身近な農作物ともかなり関連した話が多かったです。
また、接ぎ木・挿し木といった「同じ遺伝子をもった個体を増やしていく」生殖方法は植物ならでは。
「学校によくあるサクラはみんな同じ遺伝子を持ったクローン」という話は有名ですが、他にも身近に「同じ遺伝子を持った株」の例が結構あると知り面白かったです。
全体を通して、高校生物の植物分野とは結構重複が多かったです。
裏を返せば、中学理科の知識で読めるくらいまで敷居は下げてあるので、高校で生物を取らなかった人が植物について基礎知識を得るにはぴったりだと思います。
また、教科書のように列挙して暗記させるための一覧化ではなく、実例やストーリーと共に提示されているという点で、高校生物履修者でも味わえるところがあります。
当然ながら、植物分野の「おさらい」としての読み方にも適しています。
本書は植物の「意外な巧妙さ」を知り、生物観を組み直すきっかけとなる本ではないかと思います。
「植物は動物よりも単純な仕組みで生きてる」という「ぼんやりした偏見」をひっくり返せれば、本書の価値は十分にあると思います。
★NEXT STEP
ステファノ・マンクーゾ&アレッサンドラ・ヴィオラ(著)
久保 耕司 (訳)
植物は<知性>をもっている
20の感覚で思考する生命システム
NHK出版, 2015/11/20
「植物の生き方」に興味が湧いた方には是非読んでみてほしい一冊。
植物のメカニズムについて説明している点では『ふしぎの植物学』と重複するトピックも多いのですが、本書の白眉はそこから「動物には〈知性〉があって植物にはそれが無いなどと言えるだろうか?」という問いへと進むところ。
主題は植物学であるため、哲学的な議論は素朴で荒削りなものですが、「生物学が哲学的題材として如何に豊かな題材を提供しうる土壌であるか」を示唆する良い例ではないかと思います。
本書の書評はこちらでも詳しく書いています。
狐太郎
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