「言語を扱える人はその言語を教えられる」という誤解について【新書読書】

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原沢 伊都夫

日本人のための日本語文法入門

講談社現代新書, 2012/9/14

 

 

英語教育の世界で「ネイティブ信仰」みたいなのってあるじゃないですか。

言語学や教育学について何の素養もない外国人が「ネイティブ」だというだけで英語のレッスンをしていたり。

「この文法はネイティブに聞いたらこう言ってた」みたいな言い分がまことしやかに権威性をまとっていたり。

でも実際のところ、「ネイティブである」ということと「文法的規則について人に説明できる」ということの間には、とてもとても深い溝があると思うんです。

 

翻って、日本語の話をしましょう。

これをお読みの皆さんにとって、おそらく最も身近で、習熟度の高い言語です。

しかし、私たちは「日本語の文法が分かっている」のでしょうか。

 

例えば次のような例はどうでしょう。

・仕事帰りに突然雨に降られて困った。
 →「降る」は自動詞なのに、この文はなぜ受け身なのか。

・食べられる/書かれる
 →「食べられる」だけが「可能」と「受け身」の両方の意味を持つのはなぜ?

・机が並んでいる。/机が並べてある。
 →この使い分けによるニュアンスの違いを説明できますか?

・日本に来た時に、友達がパーティを開いてくれた。
 →話者が「送別会」のことを言いたいとしたら、この文をどう添削しますか? 理由は?

・それは、困ったな。
 →この文は「現在困っている」場合でも使えますか? それはなぜ?

・もっと早く{起きたら/起きると/起きれば}良かった。
 →この3択の中で「日本語ネイティブとして最も自然に感じる」のはどれですか

これらはいずれも本書の中から引用したものですが、いかがでしょうか。

「何となく分かる」と思っても、これらの例題を「他の文にも応用の効く文法規則を教えつつ、非ネイティブに向けて説明する」と思うと、「難しい」と感じる人が多いのではないでしょうか。

 

偉そうに書いていますが、私も本書を読んで「自分は何と無意識に日本語を扱っていたのか」と実感しました。

英語の授業で「文型」「時制」「態」といった文法用語・文法概念を学んだものの、「それらを母語に当てはめるとしたらどのように説明できるか」については全く考えが及んでいなかったわけです。

 

本書の文法的説明は、巷の英語の文法書ほど「系統的で網羅的」なものではありません。

「こういう例について、どう思いますか?」という例が挙げられ、そこから「実は我々は無意識にこういう使い分けをしています」「こういう考え方でまとめると統一的に説明できます」という風に説明されています。

なので、これを一冊読んだからといって、例えば留学生に日本語を教えられるかと言えば絶対に無理です。

それでも、「自分の母語の中に、こんなに自分で説明できない現象がある」と気付くことは非常に大きな経験です。

また、「自分が無意識に使っている『日本語』の不思議な文法規則」に気付くセンサーを磨くことにも繋がるのではないかと思います。

 

なお、「日本語の文法」というと「とある方」の説を信奉する方々が「主語は廃止すべきだ」と主張されているのをネットではしばしば目にします。

実のところ、この「とある方」の説は丸っきり無視されているというわけではなく、本書の中でもこの批判については言及されています。

その上で、本書(を含めた多くの現代の日本語文法の書)が「主語」という言葉を引き続き使っている事情についてもきちんと説明されておりました。

割とバランスの良い解説だったので、「日本語に主語は無い」系の日本語本しか読んだことのない方は、この部分だけでも読んでおく価値があるかもしれません。

 

最後に一つだけ苦言を呈するなら、本書は学者の本にしては情緒的な記述をやや多めに含んでいます

特に「国民性や精神性と言語を安直に結びつける」ような記述が度々見られ、この点は非常に危なっかしいなと思って読んでいました。

サピア-ウォーフの仮説についても全面的に肯定的に言及しているし……。

 

やはり「日本語について書いてある本」は慎重に読むべし、ですね。

 

 

★NEXT STEP

三原 健一

構造から見る日本語文法

開拓社 言語・文化選書, 2008/7/1

 

生成文法理論を基礎とした日本語文法の入門書です。

生成文法や日本語文法の理論について特別な予備知識が無くても読めるように配慮されていますが、『日本人のための~』よりも扱う文が複雑で、全体として難しいです。

『日本人のための~』はボイスやアスペクトといった文法要素を個別に切り出して紹介していましたが、本書は「文全体がどういう構造で解釈されるか」に対する理解が焦点です。

機械翻訳の誤訳とかに面白さを感じる人にとってはこっちの方が面白いかも。

毎回章末に参考図書の紹介もあり、ここからステップアップして学びたい人には非常にありがたい入門書です。

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木村勝哉

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