アントニオ G イトゥルベ(著), 小原 京子(翻訳) :
アウシュヴィッツの図書係.
集英社, 2016/7/5
BACKGROUND ――対象
ナチス政権下でのアウシュヴィッツを描いた物語。
物語としての肉付けを行ったためかフィクションという体裁を取っていますが、実在する人物を扱っており、大筋においては限りなくノンフィクションに近い性質の物語です。
著者はジャーナリストであり、彼が80歳の「ディタ・クラウス」から直に取材した話をまとめたものが本書のベースになったということです。
彼女こそは、アウシュヴィッツ内に設けられた秘密の図書館の「図書係」でした。
生きるか死ぬかの状況で、彼女はどうして「本」にこだわったのか。
そして、収容者たちに「本」は何をもたらしたのか。
METHODS ――目次
絶望にさす希望の光。それはわずか8冊の本―― 実話に基づく、感動の物語
1944年、アウシュヴィッツ強制収容所内には、国際監視団の視察をごまかすためにつくられた学校が存在した。そこには8冊だけの秘密の“図書館”がある。
図書係に任命されたのは、14歳のチェコ人の少女ディタ。その仕事は、本の所持を禁じられているなか、ナチスに見つからないよう日々隠し持つという危険なものだが、
ディタは嬉しかった。
彼女にとって、本は「バケーションに出かけるもの」だから。ナチスの脅威、飢え、絶望にさらされながらも、ディタは屈しない。
本を愛する少女の生きる強さ、彼女をめぐるユダヤ人の人々の生き様を、モデルとなった実在の人物へのインタビューと取材から描いた、事実に基づく物語。
(Amazon 商品ページより)
RESULTS ――所感
アウシュヴィッツを扱った作品の例に漏れず、本書もまた「強制収容所の生々しい現実」を描いています。「友達との何気ない会話」があったかと思えば、次の章ではまた人が虐殺されている有様。
しかし、「ただただ悲惨で、可哀想で、絶望的な強制収容所の実態」を描くのが本書のメインテーマではありません。むしろ、「そんなひどい状況でも、人は人らしく生きていく」という、ある意味で当たり前の事実がテーマとして見えてきます。
強制収容所では、多くの人が倒れ、病み、死んでいくけれど、そんな渦中においても、泣くだけでなく、笑ったり、怒ったり、ふざけたり、喧嘩したり、たわいない話をしたり、時に立ち止まったりする。――そんな暮らしも描かれています。
ゆえに、収容所の中にも「日常」はあり、それでいて過酷な日常は決して「平坦」ではない。
こうした物語のあり方は、近年の作品でいえば『この世界の片隅に』とも共通する面があるように思います。『夜と霧』などの作品と対比すると、同じ場面を描きながらもかなりテイストが違って感じられます。
「強制収容所」という「大きな枠組み」の中で展開するのが「図書係」という主人公の物語。
収容所の中では厳禁であるはずの「本」を、隠し、管理し、貸し出す。
そして、時には自らが他の収容者にオファーを出す。
秘密裏に行われる彼女のミッションは、物語に大きなもう一つの刺激を加えています。
最初は「生きるか死ぬかの場面で、なぜ本なんか」という気持ちはあったものの、読み進めるほどにその感覚は薄れていきます。「こんな状況だからこそ、本なんだ」と、気がつけば感情移入してしまっていました。
「これが物語の力か」と、メタ的にも見せつけられたような思いでした。
本には「力」は無いけれど、本には「人に力を与える」という力がある。
本は「世界を変える」ことは出来ないけれど、「世界との向き合い方」を形作っていく。
こうした「読書」の持つ側面を、この物語は雄弁に語ってくれます。
また、本書の優れている点は単にその物語性だけではありません。
筆者は本書を書くにあたって、「ディタ」へのインタビューだけでなく、多くの場所へ自ら足を運び、資料にも当たっております。こうした取材に裏打ちされたアウシュヴィッツでの生活の描写は微に入り細を穿ち、当時の生活状況をありありと想起させます。
本書には「死の天使」として有名な「メンゲレ医師」をはじめ、実名のままの人物も登場しますが、彼らの「史実に沿った後日談」もエピローグに添えられています。
本書の中の物語が「本当にあったこと」として読者に伝わるにあたって、こうした抜かり無いディテールの描写は抜きにして語れないでしょう。
参考までに。本書だけでも情景描写は非常に充実していますが、『シンドラーのリスト』などの映像作品も合わせて視聴すると、舞台や背景がよりイメージしやすくなるかと思います。
また、本書に出てくる本は多くが実在の本です(「地図帳」などはモデルがわかりませんが)。『変身』や『モンテ・クリスト伯』などは読んだことがある人も多いかもしれません。
これらの本の内容を知らなくても十分に楽しめる内容となっていますが、登場する本の内容が部分的に物語と呼応しているのも本書の妙味で、本好きならば楽しめるアクセントになっていると思います。
CONCLUSIONS ――結語
「アウシュヴィッツ」という非日常と「本」という日常の組み合わせが絶妙でした。
一見突拍子もない組み合わせでありながらも、その中間に「人間」が描き出されていたように思います。
「強制収容所という悲惨な歴史を語る本」というよりも、「読書と人間のあり方について、一つの洞察を示唆してくれる本」として印象に残りました。
こんな人にオススメ
★本が好きな人
★アウシュヴィッツに興味のある人
★『夜と霧』『シンドラーのリスト』が気に入った人
アントニオ G イトゥルベ(著), 小原 京子(翻訳) :
アウシュヴィッツの図書係.
集英社, 2016/7/5
狐太郎
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