まんが訳 酒呑童子絵巻
ちくま新書
2020/5/8
この発想は無かった!
本書は絵巻物の「まんが訳」です。
「現代語訳」ではなく、「コミカライズ」でもなく、「まんが訳」なんです。
何を言ってるかわからないと思いますが、見て頂く方がイメージを掴みやすいと思います。
試しに1ページ引用しましょう。
大塚 英志(編集), 山本 忠宏(編集)(2020)『まんが訳 酒呑童子絵巻』ちくま新書, P.8
こんな感じです。
絵は原作の絵巻物からトリミングし、語りは原文(※1)を極力残した現代語訳となっています。
まさに「絵巻物というメディア」から「まんがというメディア」への翻訳というわけで、「まんが訳」という命名は言い得て妙だと関心した次第です。
「絵巻物」というメディアをよく知らない方は、「元から絵と文がセットになった絵本みたいなものなんだから、わざわざ漫画にするまでもないだろう」と感じるかもしれません。
というか、私はそういうイメージを持っていました。
しかし実際に読んでみると絵巻物というのはなかなか曲者なんですよね。
まず、文が崩し字で書いてあるので、ちょっと古文をかじった程度ではホトンド読めません。
また、一枚に複数の情報を詰め込んだパノラマ写真のような構図も多く、漫然と眺めても場面の繋がりがよく分からないことが多いのです。
例えば、文の中では「A→B→C」と3つの出来事が経時的に書かれていても、絵の中では「A+B+C」という3つの出来事が同時に表現された構図になっていたりするのです。
(これは別に絵巻物だけの性質ではなく、例えば西洋画でもこういう風に「異なる時系列の情報を一つの絵の中に並べる」表現はあります)
こうした「言葉の読み解きづらさ」と「絵の読み解きづらさ」を同時に解消した点で、この「まんが訳」という発明は画期的だと思います。
これでも原作のストーリーやタッチはかなり味わえますし、「まんが訳」を読んでから元の絵巻物に当たってみると非常に読みやすくなっていることに気付きます。
ということで既に「発想の勝利」感のある本書ですが、作りも非常に丁寧で練られています。
本書を先入観無しで一読すると、あまりに「まんがとして」すんなりと読めてしまうのでびっくりするのですが、これは「まんがの文法」を熟知した編者たちがカットやコマ割りに工夫を凝らした結果に他なりません。
少ない絵を有効活用するために同じ絵をトリミングして別のコマに使い回している部分も多いのですが、コマ割りや流れがあまりに自然なので最初はちょっと気付かないかもしれません。
「まんが訳」の表現を確立するに当たっての工程や工夫については巻末に監修者の解説がありますが、この解説を読むと「まんが訳」が如何に漫画というメディアに対する深い理解と洞察から生まれているかが伺い知れます。
視覚表現や漫画論に興味のある方は、巻末の解説から先に読んでも良いと思います。
最後に、この「まんが訳」に収録されている絵巻の内容にも軽く触れておきます。
本書で扱われている物語は三つ。
・酒天童子絵巻(上・中・下)
・道成寺縁起(上・中・下)
・土蜘蛛草子(上・下)
『酒天童子絵巻』と『土蜘蛛草子』は、源頼光の一行による有名な妖怪退治モノです。
特に「酒天童子(酒呑童子)」は現代でも最も有名な鬼だと思います。
『道成寺縁起』は「清姫伝説」としても有名で、少女をたぶらかすイケメン僧侶を少女が竜(蛇)に変化して焼き殺すという中世スッキリ物語(?)です。
「源頼光」「坂田金時」「渡辺綱」「酒呑童子」「土蜘蛛」「清姫」あたりは現代のゲーム等でも頻繁に二次創作されているので、「近代以前にはどう描かれていたのか」を知ると現代のサブカルチャーが一層楽しめると思います。
著者名には入っていませんが、本書の文献の現代語訳・記述に関しては小松和彦氏が監修されております。
「まんが一冊」として捉えるとやや割高ですが、この「専門技術と専門知の粋を集めた複合文化財」が千円なら安い、と思わずにはいられません。
なお、本書で扱われている絵巻物は「国際日本文化研究センター」のWebデータベースで全編を閲覧できます。「まんが訳」で興味が出たら、ご自宅で絵巻物の方も眺めてみては如何でしょうか。
※1
絵巻で絵と並べて書かれている文章は「詞書(ことばがき)」と呼ばれます。酒天童子絵巻は今回原画として使用した巻物には詞書が無いので、別の巻物の詞書と組み合わせて漫画化したようです。
★NEXT STEP
妖怪学の基礎知識
角川選書
2011/4/25
「酒天童子」「土蜘蛛」「清姫」の解説が入っています。
「鬼に関する文化論」の書籍はいくつか書籍もあるのですが、「清姫伝説」が入ってる本が少ないんですよね。その上「絵巻物の解説」は入手しやすい書籍としてはなかなか世に出ておらず……というわけで、本書の徳田先生のお伽草子の概説は非常に助かります。
また、全編を通してその道のエキスパートが現代的な水準で「妖怪学」を分かりやすく解説しており、「人文学としての妖怪学」に興味がある方には間違いなく「一冊目」にお勧めできる本となっています。
狐太郎
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