【学習】『学習』とは何か ――記憶のモデル

【学習】『学習』とは何か ――記憶のモデル

ヒトが何かを「学ぶ」過程と言うものに興味がありますので、

個人的に調べたものをチマチマとまとめて小出しにしようと思います。

 

普遍性を志しつつも、受験や資格試験でも使ってもらえるものにしたい。

やっぱ即物的にも役立てられる方が嬉しいよね。

とはいえ、初回はやや「定義」に偏った内容になっています。

リクツに興味の無い方は次から読んでいただくことにして、

用語が分からなかったら参照していただくくらいでいいかもしれません。

 

 

1.「学習」と「記憶」を定義しておく

あまり神経質でない人はこの段落は読み飛ばしてください。

最初に、本稿での「学習 Learning」を定義しておきます。

 

「意図的な訓練によって、ある刺激に対する応答が長期的に変化すること」

 

これは行動神経学の用法に準拠しつつ、人間向けに調整したものです。

この「学習」のベースになるのが「記憶 Memory」です。

この語も諸説あるので、本稿では以下のように定義しておきます。

 

「先行する入力によって、ある刺激に対する応答が変化すること」

 

「学習は記憶の一種」あるいは「学習を成立させている機構が記憶」という関係で扱います。

これは後で面倒な議論を避けたいだけです。「そもそも〇〇とは~」みたいなのダルいので。

ただの予防線ですので、覚えずに読み進めてください。

 

「学習」という行為の大前提が「記憶」ということで、初回は記憶の概念を整理します。

なお、以下で説明するものはあくまで過去の研究で便宜的に整理されてきた概念です。

 

本当に脳の中でこのように「分別」されているのかは、誰も知りません。

「このように整理すると記憶の異なる側面を切り分けやすい」

と過去の研究者が考えたというだけです。

 

 

2.「時間」による記憶の分類

まず、記憶を「時間」の観点から分類してみましょう。

これは特に話者によって意味するところが異なります。本稿での用法を整理します。

 

短期記憶 Short-term memory/ 作動記憶 Working memory

 もっとも短い記憶です。一般的に数秒~数分程度の持続。

 他のものに気を取られると忘れてしまうような、ごく短期の記憶です。

 シナプス可塑性よりも、脳の電気的活動によって維持されていると考えられています。

 これは厳密には「記憶」には含めないことも多く、以降ここでは触れません。

 ただし、学習過程にはこの「作動記憶」の寄与は大きいと言われているので、

 今後は別の記事でまた取り扱いたいと思います。

 

・長期記憶 Long-term memory

 数分以上の時間を保って記憶されるものです。

 脳の電気的活動よりもシナプス可塑性によって維持されるところが大きいと考えられます。

 簡単に「別のことをした後でも思い出そうと思えば思い出せること」と考えるといいかも。

 今後は、断りなく「記憶」と言った場合はこれを指すこととします。

 

 さらに長期記憶を二つに分けて、

 「近時記憶 Recent memory」

 「遠隔記憶 Remoto memory」

 とすることもあります。…・・・が、この区分も本稿では採用しません。

 明らかな遠隔記憶というと例えば「小学校の頃の友達」や「10年前の事故」などですが、

 こうした「遠い昔の記憶」は本テーマではまず扱わないからです。

 また、近時記憶と遠隔記憶の境界は諸説あり、区別すべきか否かも諸説あります。

 

 以後の記事での「記憶」は主に長期記憶、特に近時記憶を扱うこととします。

 

 

3.「機能」による記憶の分類

次に、記憶を「機能」の面から分けましょう。

なお、以下の分類は全て「長期記憶」に適応される分類です。

 

・意味記憶 Semantic memory

 「〇〇は××である」といった一般的知識です。

 「学習」で多くの人が最も注目する記憶はこれでしょう。

 「フランス革命は18世紀」「大動脈は左心室から出てくる」といった記憶はこれです。

 

・エピソード記憶 Episodic memory

 「自分の身に起こったこと」を覚えておく記憶です。

 日常的にはよく使う記憶ですが、学習にはあまり使わないでしょう。

 心臓を勉強するために自分で解剖する人は普通いません。

 ましてやフランス革命など経験できませんものね。

 ただ、エピソード記憶が意味記憶の補助として働くことはありえます。

 「これはあの模試で出題された問題だ」という経験はきっとあるでしょう。

 そういう意味で、意味記憶とエピソード記憶の境界もまた一部曖昧なものです。

 

・手続き記憶 Procedural memory

 処理や動作を「どのように」行うかという記憶です。

 これが「記憶」の一種であるという認識は一般の人にはあまりないかもしれません。

 いわゆる「身体で覚える」と言うやつですが、当然ながら脳が記憶しているのです。

 よく提示される典型例として「自転車の運転」や「楽器演奏」がありますが、

 数式を解くような「手順」でもこの「手続き記憶」の要素が関わっているようです。

 解答を見て「分かった」つもりでも、「後でやっぱり出来ない」なんて頻繁ですね。

 基本的な演算は「手続き記憶」として身につけるよう心がけるべきでしょう。

 

上記のうち、「意味記憶」と「エピソード記憶」は内容を直接、人に説明できますね。

これを「言葉で述べられる」という意味で「陳述記憶 Declarative memory」と呼びます。

これに対し、「手続き記憶」はその内容を言葉で表しきることは困難です。

「陳述記憶」に対し、「非陳述記憶 Non-declarative memory 」と呼びます。

さて、今回の内容を図にして整理しておきます。

迷ったらまたここを参照してくださいね。

 短期記憶
 長期記憶   陳述記憶  意味記憶
 エピソード記憶
 非陳述記憶  手続き記憶

 

こちらに続きます

 

★ひとことまとめ

1.「学習」は「記憶」によってなされる

2.短期記憶と長期記憶があるが、本質的に「記憶」と呼ぶべきは長期記憶

3.学習法で重要な記憶は主に意味記憶と手続き記憶

 

 

【推薦図書】

井ノ口馨 : 記憶をあやつる. 角川選書, 2015

記憶の仕組みについて一般向けに詳しく・分かりやすく書かれた本。

著者の井ノ口先生は基礎の研究者。実証ベースの解説が充実してる。

巻末のブックガイドで更に深みにも進めます。

 

 

 

【参考文献】

Processes. Psychology of Learning and Motivation, Volume 2, 1968, Pages 89-195

Eichenbaum, H., Otto, T., & Cohen, N.: Two functional components of the hippocampal memory system. Behavioral and Brain Sciences, 17, 1994, 449-472.

井ノ口馨: 記憶をあやつる. 角川選書, 2015

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狐太郎

読んでは書くの繰り返し。 学んでは習うの繰り返し。

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