「速読」
多くの人が一度は憧れるであろう夢の技術。
……なのでしょうか。
はっきり言って、読書家の中では「速読術」ってそんなに評判が良くないのです。
「娯楽としての読書」を好む人に不評なだけでなく、「実学・教養のための読書」においても、「速読」を持てはやす人はほとんどいません。
しかしあんまり本を読まない人にとっては「便利そうじゃん。一体何が悪いの?」という感覚があるのも事実だと思います。
というわけで、今回はその疑問になるべく合理的な回答を用意したいと思ってます。
今回は6冊の「読書本」を用意しました。(実は別の記事用に用意したものですが)
理系①:三中 信宏(2022)『読書とは何か : 知を捕らえる15の技術』河出新書
理系②:鎌田 浩毅(2018)『理科系の読書術』中公新書
文系①:佐藤 優(2012)『読書の技法』東洋経済新報社
文系②:橋爪 大三郎(2017)『正しい本の読み方』講談社現代新書
ビジネス系①:本田 直之(2006)『レバレッジ・リーディング』東洋経済新報社
ビジネス系②:樺沢 紫苑(2015)『読んだら忘れない読書術』サンマーク出版
※本記事内では文献引用の通例として、以降全て著者名は敬称略とします。
いずれも好評を得ている読書本ですし、どの本も書中でかなりの数の本を紹介していますから、彼らが上位1%以内の「読書強者」であることは疑いようがないでしょう。
これらの本で「速読」を検索にかけて、その周辺の記述を拾っていくことにします。
読む速さより理解の方が大事
速読に対する最も根本的かつシンプルな批判は、「速度と理解はトレードオフであり、多くの場合は理解を優先した読書の方が価値を生む」というものです。
「速度より理解を優先する読み方」の呼称は人によってまちまちですが(これも面白いですね)、読書家たちははいずれも「速度より理解を重視した読書」に重きを置いています。
速読が熟読よりも効果を挙げることは絶対にない。
佐藤 優. 読書の技法 (p.80). 東洋経済新報社. Kindle 版.
速く読むことよりも、むしろ自分にとって重要なポイントのみをつかみ、内容を理解して実行することのほうが重要だと思います。
本田 直之. レバレッジ・リーディング (p.28). 東洋経済新報社. Kindle 版.
よりラディカルな考え方は「そもそも速読は熟読の上位技能だよ」というもの。
以下の三者は同音異句にこれを主張しています。
日常生活のなかで「遅読」がしっかり継続できたところで、はじめて速読を考えるのだ。遅読が身についたあとで、速読という新しい読み方ができるようになる。
鎌田浩毅. 理科系の読書術 インプットからアウトプットまでの28のヒント (中公新書) (p.84). 中央公論新社. Kindle 版.
「深読」は、読書の必要条件です。「深読」できるようになってから、より速く、よりたくさん読む、「速読」「多読」を目指せばいいのです。
樺沢 紫苑. 読んだら忘れない読書術 (Kindle の位置No.1112-1113). . Kindle 版.
速読術とは、熟読術の裏返しの概念にすぎない。熟読術を身につけないで速読術を体得することは不可能である。
佐藤 優. 読書の技法 (p.48). 東洋経済新報社. Kindle 版.
なぜ「理解を優先した読書」が成り立たないと「速読」が成立しないのか。
これは大きく3つの説明に要約できると思います。
1つ目は私の直感的な説明ですが、速読とは「読みの精度と速度のトレードオフをコントロールする技術」に過ぎない、という考え方です。
例として、「理解の解像度を通常の10分の1に落とす代わりに、通常の10倍の速度で読める」というイメージで考えてください。
最初から理解の解像度が低い人においては、「理解の解像度を下げる代わりに速度を上げる」ということ自体がナンセンスであることは言うまでもないでしょう。
2つ目は、「速読のためには基礎となる知識が必要で、その基礎の知識は熟読によってしか得られない」という視点です。
以下の引用はいずれも、「初めから大体知っていないと速読は出来ない」と述べています。
自分がある程度理解しているジャンルで、知らない単語が少しだけしか出てこないような文章でなければ、速読は成立しないのである。
(中略)
自分がすでに持っている知識の体系をはるかに超えてしまうようなジャンルの本も、速読は不可能なのである。
鎌田浩毅. 理科系の読書術 インプットからアウトプットまでの28のヒント (中公新書) (p.80). 中央公論新社. Kindle 版.
知らない分野の本は超速読も速読もできないというのは、速読法の大原則だ。
佐藤 優. 読書の技法 (p.73). 東洋経済新報社. Kindle 版.
3つ目は後の段落で述べることにします。
ちなみに三中は「速読」と銘打った章を設けていますが、そこで実行しているのは「自分の進捗をネットに報告することでプレッシャーをかけながら読み進める」というもの。
「速く読もう」と心がけながらも、読み方としては「普通の読み方」を徹底しているのです。
その身をもって「速読などという読み方はない」ことを示していますね。
結局、「知らないことを理解したければ速読は諦めろ」ということでしょう。
「実学・教養の読書」を重んじる人は「本を読んで知識をつけること」や「本を読んで現実に活かすこと」を目的としていますから、「本を読み終える」ことを目的とするような技術は重要性が低いのだと考えられます。
速読法なるものがある。あんまり信用しないほうがいい。速く読めばいい、というものではない。それに、ほんとに大事な本は、速く読めない。
橋爪大三郎. 正しい本の読み方 (講談社現代新書) (Kindle の位置No.890-892). 講談社. Kindle 版.
実は私自身は「速読」を訓練したことがあり、簡単な速読は一応できるのですが、「価値ある本に速読の余地はない」と常々感じています。
「速読を使って山ほどの本を読む」ことよりも、「速読できない本を読む」ことの方が意義があります。
速さは自然についてくる
では、「速く読みたい」という希望は捨てるべきなのか。
読書強者たちは私たちに「選ばれなかった者は読書家になれない」と言うのでしょうか。
鎌田・樺沢は「心配すんな、特殊な技術なんか習得しなくても読書は勝手に速くなるから」と説いています。
速読とは「しようとする」ものではなく、「いつの間にか」「ひとりでに」速く読むようになってしまうものなのである。決して、焦って速読へ移行してはならない。
鎌田浩毅. 理科系の読書術 インプットからアウトプットまでの28のヒント (中公新書) (p.84). 中央公論新社. Kindle 版.
私は、「速読」というのは習ったことがありません。特に速読しようという意識もありませんが、たくさん本を読んでいれば、自然に本を読むスピードは速くなっていきます。
樺沢 紫苑. 読んだら忘れない読書術 (Kindle の位置No.1079-1080). . Kindle 版.
ただ、私はこの「ひとりでに」「自然に」というのは「要領の良い人の言い分」だと思っています。
私自身は自分で読書速度を意識するまで、もっと速く読めるであろう内容の本を「だらだらと」読んでしまうことが多かったです。
「理解するのに10分かかる内容を無理して5分で読む」必要はありませんが、「10分で理解できる内容をだらだらと30分眺める」ことにメリットはありません。
要領の良い人たちは無意識にやっていることだと思いますが、凡人は「内容の理解を損ねない範囲で、なるべく速く読み進めていこう」という意識をもって読むことで読書速度が上がっていくと思います。
あらためて〈ゆっくり急げ(Festina lente)〉という西欧の古い格言の教訓を嚙みしめよう。
三中信宏. 読書とは何か 知を捕らえる15の技術 (河出新書) (p.115). 河出書房新社. Kindle 版.
加えて、三中の以下の指摘は根本的かつ本質的です。
四の五の言わず毎日読み続ければ、どんな大著であっても意外に早く読み終わる。
三中信宏. 読書とは何か 知を捕らえる15の技術 (河出新書) (p.111). 河出書房新社. Kindle 版.
はっきり言って、「たくさんの本を読みたい」のであれば、「読書に時間を割くこと」より有効な手段はありません。
私より読書量の少ない人は往々にして私より読書に時間を使っていませんし、私より読書量の多い人は往々にして私より読書に時間を使っています。
「読書の時間効率」にもそれなりの個人差はありますが、「読書に使う時間」にはそれ以上に大きな個人差があることを常々感じます。
それでも「速読」を読書に取り入れるとしたら?
さて、ここまでは速読に対する批判的言説を引用してきましたが、実は鎌田・佐藤・樺沢は「速読(に類するもの)」の有用性を完全に否定はしていません。
鎌田は速読を「必要悪」の読み方であるとして、以下のように述べています。
私が考える速読とは、「著者が述べたい本質を、書かれた文章から速く読みとる技術」なのである。
(中略)
仕事の都合で、また試験日の制約から、どうしても読み終えなければならない際に、速読の必要性が生じる。
鎌田浩毅. 理科系の読書術 インプットからアウトプットまでの28のヒント (中公新書) (p.76). 中央公論新社. Kindle 版.
私なりの解釈ですが、ここで言っている「述べたい本質を速く読み取る」というのは、「要するに、この著者はワクチン接種に賛成なんだな(詳しい根拠はよく分からないけど)」とか「なるほど、新しいワクチンはmRNAを利用しているんだな(具体的なメカニズムは分からないけど)」というレベルの読解を指しているのだと思われます。
鎌田・佐藤の本では、彼らが「速読」と呼んでいる技術を具体的に紹介しているので、気になる方は実際に買って読んでみてください。
ひとまずここでは「速読」というものを「ページを素早く捲りながら、本の内容を低い解像度で大まかに把握する読み方」とします。(※ここには鎌田の「斜め読み」や佐藤の「超速読」も含まれます)
鎌田・佐藤・樺沢の読み方は、細部は異なるものの、以下のような手順になっています。
1:本全体の「下読み」をして、以下の2点を明らかにする
・全体をじっくり読む価値があるかどうか
・読む価値がありそうな部分はどこか
2A:「じっくり読む価値のある本」なら全体をよく読む
2B:そうでなければ全体は速読しつつ「価値のありそうな部分」だけ力を入れて読む
この中の、「1」と「2B」では「速読」を使う余地があります。
つまり、「本の全体的な印象を掴む」「読む価値のない部分をスキップする」ための道具として「速読」を使う機会があるわけです。
言い換えれば、「速読」とは「読む価値のない部分を読まずに済ませる技術」であるとも言えましょう。
これが、「熟読ができなければ速読が成立しない」ことの3つ目の理由です。
「速読だけで多くの本を読んでいる」としたら、それは結局「読まなくて良い本ばかり読んでいる」ということなんですね。
速読はあくまで熟読する本を精査するための手段にすぎず、熟読できる本の数が限られるからこそ必要となるものだ。
佐藤 優. 読書の技法 (p.80). 東洋経済新報社. Kindle 版.
③「速読」か「精読」かを決める
つまり、本を読み始める前に、ゴール(目的地)と行く方法(読み方)を決めるというわけです。
樺沢 紫苑. 読んだら忘れない読書術 (Kindle の位置No.1422-1424). . Kindle 版.
基礎知識が身についているならば、既知の部分を何度読んでも時間の無駄だ。新たな本を読むとき既知の内容に関する部分は読み飛ばし、未知の内容を丁寧に読む。このように速読を行うことによって時間をかなり圧縮することができる。
佐藤 優. 読書の技法 (p.32). 東洋経済新報社. Kindle 版.
ちなみに、こうした「色々な速さを使い分ける」読み方をするからと言って、必ずしも「速読」と呼べるほどの特殊技術を使わなければならないわけではありません。
「既に知っている部分は素早く流し読みして、未知の話をしている部分をじっくり読む」という程度のノウハウであれば、それなりに多くの本を読みこなしている人なら自然とやっていることだと思います。
さらに、「目次をよく読む」とか「各章末を拾い読みする」といった小技も組み合わせれば、かなりの部分で「いわゆる速読」は不要でしょう。
なお、本田は「下読み」をせずに、1読目から「本の内容に応じた速さと理解度のコントロール」を調整して読んでいるようです。
レバレッジ・リーディング では、読むスピードに「緩急をつける」ということに重点を置きます。
自分で重要だと判断したところはゆっくり読むし、それ以外は猛スピードで飛ばすというように、「緩急」をつけることです。
本田 直之. レバレッジ・リーディング (p.114). 東洋経済新報社. Kindle 版.
ただ、「1読目でどうやって『速く読むべき部分』と『じっくり読むべき部分』が分かるのか」という問題は残ります。
個人的には「1読目の中で速度を上手くコントロール」はビジネス書のような簡単な本向けのハウツーであって、多少なりとも難しい本を読むなら「下読み」を挟んだ方がスムーズに行くと思います。
いずれにしても、「読む速さを調節する」という範疇のハウツーに、「読み飛ばし」や「目次読み」を組み合わせることで、かなりの部分がカバーできると考えられます。
立花隆は速読肯定派?
ここまで、6冊の「読書本」を見比べながら「速読」について見てきました。
面白いことに、これら6名の「読書強者」たちはいずれも、「速読」を読書技法の中心とすることには概ね否定的でした。
最後に、著名人の中でも突出した読書量を誇る立花隆の見解も紹介しておきます。
速読術を身につけよ。できるだけ短時間のうちに、できるだけ大量の資料を渉猟するためには、速読以外にない。
立花 隆; 佐藤 優. ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊 (文春新書) (Kindle の位置No.2861-2862). 株式会社文藝春秋. Kindle 版.
おや、立花は速読を必須スキルとみなしているようです。
これは箇条書きの中に一言入っているだけなので、立花がどのような意図でこう書いたのか詳述されていません。
そこで、別の本を読むとこう書いてあります。
読む価値がある情報をいかに見分けるか、読む価値がない情報をいかに読まないで(接触すらしないで)すませるかが情報化時代の今日、ますます大切な知的サバイバル術になっているし、今後さらにそうなっていくでしょう。基本的には、そのスクリーニングを自分でやるか、他人のスクリーニングを利用するかです。自分でやるためには、速読術が必要になります
立花隆. 東大生はバカになったか 知的亡国論+現代教養論 (文春文庫) (Kindle の位置No.3296-3299). . Kindle 版.
なるほど、「スクリーニング」でしたか。
あれだけの読書量を誇る立花でも、「速読で読書しなさい」という話は全くしておらず、「読む価値がない情報のスクリーニング」と位置付けて速読の習得を勧めているわけですね。
最終的には本記事での結論と同じところに落ちているということで、なかなか面白いと思います。
全体を総合すると、「速読」とは「あまり読む価値のない部分を上手に圧縮してスルーする技術」というのが妥当な位置付けではないでしょうか。
100冊の駄本を速読するより1冊の名著を熟読する方が価値があります。
しかし、100冊の駄本の中から1冊の名著を自力で探し出す必要がある時には、「速読」という技法も役に立つ機会があるかもしれません。
「速読」とはそういう「使用場面の限られるエクストラスキル」ではないでしょうか。
おわりに
★ひとことまとめ
☆今回の記事で使用した本
今回は6冊の読書本を比較しました。
冒頭でも紹介しましたが、再びここで紹介します。★は個人的なオススメ度。
★★★★★理①:三中 信宏(2022)『読書とは何か : 知を捕らえる15の技術』河出新書
★★★★☆理②:鎌田 浩毅(2018)『理科系の読書術』中公新書
★★★★★文①:佐藤 優(2012)『読書の技法』東洋経済新報社
★★★★☆文②:橋爪 大三郎(2017)『正しい本の読み方』講談社現代新書
★★★☆☆ビ①:本田 直之(2006)『レバレッジ・リーディング』東洋経済新報社
★★★☆☆ビ②:樺沢 紫苑(2015)『読んだら忘れない読書術』サンマーク出版
狐太郎
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