麻酔の科学 手術を支える力持ち
ブルーバックス, 2010/6/22
突然ですが、「麻酔科医」と呼ばれる医師のことはご存知でしょうか。
近年はマンガ等にもなっているので、昔より知名度は上がっているかもしれません。
心臓には「心臓の医師」、脳には「脳の医師」がいるように、麻酔には「麻酔の医師」がいるのです。「特定の臓器を専門としない」という意味では珍しい診療科の一つではあります。
医療の外の世界では「麻酔」という言葉をあたかも「一つの作用を持った一つの薬」であるかのように使いますが、実際には「麻酔科」が一つの専門科として成立するくらい、臨床の「麻酔」には多くの知識や技術が注ぎ込まれているわけですね。
この一事を取ってみても、「麻酔」というのが「それだけで一つの専門領域になる」くらい、深く広い世界だということが伺えます。
麻酔薬についての一般的な認識は、「痛みが無くなる薬」あるいは「意識が無くなる薬」といったところではないかと思います。
こういう領域の基礎知識は「生物」とも「化学」ともつかないため、教養として学べない「スキマ」になってしまうのが厄介なところで、なかなかそれ以上に知識を高める方法がありません。
本書を読んでいると、「痛み」「意識」についての解像度がグッと一段階上がる感覚があります。
例えば、本書では以下のようなトピックを扱っています。
・ドラマや小説で見るように「麻酔をかがせて気絶させる」ことは可能なのか?
・普通に眠っても呼吸は止まらないのに、手術の麻酔では呼吸器が必須なのは何故か?
・手術を受ける時に、太っていない方がよいのは何故か?
・「南米原住民が狩りに使う毒」から発見された現代の薬剤とは?
・麻酔薬のメカニズムはどこまで分かっているのか?
こうした一見バラバラな疑問が、「麻酔の科学」の観点から納得できます。
本書を読むことで直接的に恩恵を受けやすいのは、実は小説を書く方ではないかと思います。
麻酔薬の知識は、医療系のみならずミステリやサスペンスの分野においても有用なはず。
臨床医学や神経科学の前提知識が無くても読めるように書かれているので、「創作のネタとして最低限の基本知識がほしい」という方が知識を得るのに丁度良いと思います。
また、一般向けの本ながらも臨床の麻酔科の知識がバランス良く盛り込まれているので、ローテーション前の医学生にもそれなりに有用ではないかと思います。
更に、「自分や家族が手術を受ける」という方にも、もちろんオススメです。
「麻酔」という一種の仮死状態が「どのように作られ、どのように維持されているのか」を知ることは、患者側にとっても意味のあることだと思います。
「麻酔」という一つの領域が、呼吸生理や医工学や薬理学など、幅広い医学分野と関わっていることを認識できる一冊です。
★NEXT STEP
痛みの考えかた しくみ・何を・どう効かす
南江堂, 2014/4/30
『麻酔の科学』は一般向けだったので、こっちは本格的なやつを。
「麻酔薬は何故『痛み』を止めるのか」を基礎の生物学から語り尽くしています。
下手したら医学部の講義よりレベル高いんじゃないかという内容で、神経科学と化学の基礎知識が無いとまず太刀打ちできないでしょう。
ただ、内容の高度さと分かりやすさのコスパで言えば類書の中でもダントツだと思うので、挑戦できそうな方には是非読んでほしいと思います。良書であることは間違いなく保証します。
狐太郎
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