視覚世界の謎に迫る
脳と視覚の実験心理学
ブルーバックス, 2005/11/18
視覚の発達を起点に、ヒトの視覚認知について概説した本です。
本書では、主として「脳がどのように視覚情報を処理しているか」という「視覚のソフトウェア面」について語っています。
私たちは「視覚」という人体の機能について、「カメラのように外界の光情報を忠実に反映する装置」だと思っていますが、実際にはそれだけのものではありません。
これを示す端的な例として、冒頭では「生まれつき目の見えなかった人が、手術によって視覚を獲得した場合」の例を提示しています。
このような人たちは、簡単に言えば「脳が視覚処理をするための回路をまだ持っていない」状態で「視覚だけ」が与えられます。
その結果、「見える」のに「目の前のモノをとらえることができない」状態になるのです。
これはコンピュータに例えると分かりやすいでしょう。
USBカメラをパソコンに繋いでも、パソコンはそのままでは「何が映っているか」を理解しません。
「そこに何が映っているか」「2つの物体のどちらが大きいか」「どんな物体がどの方向に動いているか」といった情報は、視覚情報をソフトウェア的に処理して初めて得られるものなのです。
このように、「網膜に対象が映し出される」ことから「人が視覚に捉えたものを認知する」という現象が成立するまでには、多層的で多様な情報処理が関わっています。
本書の中では、「動き」「奥行き」「形状」「顔認知」といった機能に分けて、その情報処理がどのように分担されているかを概説しています。
私たちが「ただ見ているだけ」だと思っている間にも、脳内の複合的イメージ処理機構によって非常に多くの要素が抽出されているということがよく分かります。
画像認識は情報科学の世界でも非常に研究が進んでいる分野ですが、機械に「見たものを認識させる」ためにどれだけの研究が重ねられてきたかを考えるにつけ、これを無意識に実現している「ヒトの視覚機構」の完成度に唸らされます。
このように本書は「視覚認知のソフトウェア面」に関する記述は非常に面白いのですが、脳機能解剖学的な側面では多少気になる点が散見されました。
大脳皮質での視覚処理は「何を(what)系=腹側系」と「どのように(how)系=背側系」の二つに大別されることが知られておりますが、本書では「what系以外」の視覚処理を全て「皮質下系」と括ってしまっています。
実際には筆者が「皮質下」と称している系の中には頭頂葉機能がいくつか含まれており、これは現代の脳機能解剖学の知見から言えば誤解を招く記載ではないかと思います。
また、著者は「皮質下」という語を「テント下」を意味するものとして用いているような節がありますが、これもあまり一般的な認識ではないように思われます。脳の機能的解剖についてはあまり本書を全面的に信頼しない方が良いでしょう。
「視覚情報のソフトウェア処理」「視覚認知の獲得」というテーマは非常に興味深いものでした。
「脳の機能局在」や「視覚の生理学」は別の本で適宜勉強すると理解が深まると思います。
原著論文の引用がほとんどありませんが、巻末に書籍のリストは付いています。
★NEXT STEP
脳はなにを見ているのか
角川ソフィア文庫
2013/4/25
同じトピックについて、異なるアプローチから書かれた本を読み比べると、知識体系がより立体的な深みを持って頭の中に構築されます。さながら「両眼立体視」のように。
『視覚世界の謎に迫る』が心理学を軸足としているのに対し、こちらは神経科学・認知科学に基づいた説明が非常に充実しています。
全体的な情報量、解説のレベルに関してもこちらの方が高度ですが、その分かなり難しいので、いきなり一冊目でこれを選ぶと挫折するかもしれません。2,3冊目としてどうぞ。
参考書籍リスト、図の出典リストあり。
狐太郎
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