ラテン語の世界 ローマが残した無限の遺産
中公新書
2006/2/1
目次
ラテン語と現代
世界のなかのラテン語
ラテン語文法概説
拡大するラテン語
ラテン語と文学
黄金時代の文学者
白銀時代の文学者
ラテン語の言葉あれこれ
変わりゆくラテン語
ラテン語はいかに生き延びたか
中世ラテン語
その後のラテン語
実は学生の頃にラテン語の科目を取っていました。
しかし恥ずかしながら、当時はサークルも楽しく勉強不足の学生であり、「活用表の山に翻弄され振り落とされる」という典型的な落ちこぼれ方をしました。
上半期は何とか単位だけは貰えましたが、下半期は次第に講義にも出なくなり不可を取る始末で、それ以来何となくラテン語とは疎遠でした。
たまにフランス語やスペイン語に触れてみた時に、そこはかとなくラテン語の残り香を感じてみたり……といった程度です。
後から考えてみると、私は「語学としてのラテン語」にあまり興味が無かったんでしょうね。
では「西洋文化の古層としてのラテン語」を知りたい人はどうすれば良かったのか。
そういう需要に応えてくれる本の一つが本書です。
「語学としてのラテン語」の科目は、「ラテン語の文献を正確に訳す」とか、「ラテン語で文法的に間違いの無い自己紹介文を書く」とか、そういうところが到達目標になりがちです。
でも、例えば英語をより深く知りたい人が「ラテン語の語彙が英語にどう取り入れられてきたか知りたい」とか、世界史を掘り下げて勉強したい人が「ラテン語がどうして近世ヨーロッパの知識階級で重用されたか知りたい」といった形で興味を持つといった需要は確実にあるはずで、「西洋文化の古層としてのラテン語」を語る講義や書籍はもっとあっても良いのではないかと思います。
よくある混乱ですが、英語には明らかにラテン語に由来する単語が大量に含まれているので、地理や世界史で「英語やドイツ語はゲルマン系、フランス語やスペイン語はラテン系」と教わって混乱する中高生は多いと思います(私もそうでした)
この経緯を簡単に説明すると、「イングランドはフランス語を話す民族(ノルマン人)に支配されていた時期があったので、その時に英語にフランス語の語彙が取り入れられた」という流れと、「中世の知識人が借用語としてラテン語起源の言葉を英語に取り入れて使うようになった」という2つの流れがああります。
こうして、英語はゲルマン系でありながら多くのラテン系の語彙を含んだ言語となったわけですね。
ついでに言うなら、「ラテン系言語・ゲルマン系言語」はいずれも同じ祖先を持つ(と考えられている)言語グループなので、「そもそもラテン系とゲルマン系に同じ語源が受け継がれている」という原因から似た形となっている単語もあります。
本書では上記のような流れも具体例を交えつつクリアに整理されているので、英語を教える方などはこの部分だけでも一読の価値ありです。
このように見ていくと、「西洋文化におけるラテン語」というのは、「日本文化における漢文・漢籍」の位置付けと重なるところがあるのかな、と感じました。
日本文化の中では、『論語』をはじめとした漢籍の知識は教養の一つと見なされていますし、知識人の文章ではひらがなの単語よりも漢字の熟語や故事成語がしばしば用いられます。
また、外来の新たな概念を日本語に取り入れる際には、いわゆる「やまとことば」を当てるよりも、適切な漢語を当てて造語することの方が多いようです。(典型的な普及例は「経済」や「社会」でしょうか)
近年では外来語をそのままカタカナで音写することも増えましたが、例えば「携帯端末」や「モバイル端末」という場合の「端末」などは結構普及しています。(「terminal」の直訳でしかないのですが、どうして『はじっこ』を意味する漢字を2つ重ねて『電子機器』の意で使うのだろう」と不思議に思う気持ちは分かります)
ついでに言えば、「漢籍の周辺知識は教養として重要だとしても、漢文を書き下したり直訳できる能力は必要なのか?」という議論も定期的に噴出しますね。
これって冒頭の「語学として」対「文化の古層として」っていうラテン語の対比と見事に相似形じゃないでしょうか。
「自分で原著を読んだり適切な文法で作文できたりしないと、その言語を分かっていることにはならない」「その言語を使いこなせなければ、その言語で書かれた著書を本当に理解することは出来ない」という過激派の主張も部分的には説得力がありますが、全員がその言語に習熟するほどコストを払えるわけでもないこともまた確かです。
iPadやAndroidでアプリを使っている人のいったい何割がJavascriptやC++といったプログラミング言語を読み書きできるでしょうか。
「それなりの習熟度まで時間と熱意を注げる層」がごく一部に限られるのに対して、「教養として広く浅く知っておきたい層」というのはめちゃめちゃ膨大にいると思うので、「ラテン語を習得する本」とは別に、本書のような「ラテン語について知る本」は非常にありがたい存在です。
「ラテン語を習うほどではないけどラテン語について知りたい人」
「ラテン語をこれから習得しようか迷っている人」
「ラテン語は習ったけどもうちょっと巨視的な視点でラテン語を知りたい人」
こういう人たちにはオススメ出来る本だと思います。
★NEXT STEP
はじめてのラテン語
講談社現代新書
1997/4/18
こっちは硬派なラテン語の入門書。
大学の講義科目としての「ラテン語」に内容的に近いのはこっちですね。
語彙とか文法とか話法とか、最初から最後までラテン語の話をしています。ラテン語の周辺文化の話とかは基本的に無し。
スペイン語とともに考える
英語のラテン語彙の世界
開拓社言語・文化選書
2013/3/1
「へー、この英単語ってラテン語由来だったんだ」って気付くのが目的なら、ラテン語そのものじゃなくてラテン系言語を何か習得してみればよくない?
「ラテン系言語だったら何でも良い」んだったら、日本人の習得しやすいスペイン語とか良くない?
……という身も蓋もないコンセプト。
ラテン語との直接比較はほとんど無く、「スペイン語のコレと英語のコレは語源が同じ」っていう例をまるまる一冊延々と紹介しています。
冒頭でのフランス語への悪口は置いておくにしても、スペルと発音の対応の良さや活用の分かりやすさという点でスペイン語は日本人にとって比較的学習ハードルの低い言語の一つだと思うので、「英語ほど熱心に勉強する気はないけど、第二外国語として何でも良いからラテン系の言語を一つ取ろうかな」と思っている人には悪くないと思う。
狐太郎
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