あえて「買って読むほどの価値は無かったな」と思う本も紹介する【新書読書】

あえて「買って読むほどの価値は無かったな」と思う本も紹介する【新書読書】

橘 玲

無理ゲー社会

小学館新書

2021/7/29

 

目次

はじめに 「苦しまずに自殺する権利」を求める若者たち
PART1 「自分らしく生きる」という呪い
1 『君の名は。』と特攻
2 「自分さがし」という新たな世界宗教
PART2 知能格差社会
3 メリトクラシーのディストピア
4 遺伝ガチャで人生が決まるのか?
 PART3 経済格差と性愛格差
5 絶望から陰謀が生まれるとき
6 「神」になった「非モテ」のテロリスト
 PART4 ユートピアを探して
7 「資本主義」は夢を実現するシステム
8 「よりよい世界」をつくる方法
エピローグ 「評判格差社会」という無理ゲー
あとがき 才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア

 

最初の頃の記事

「良い本」だけ扱おうとしない

という宣言をした通り、

このブログでは「ロクでもなかったな」と思った本もたまには扱おうと思います。

 

というか、良い本だけ読んでいるわけではないので、流石に毎週紹介してると良い本だけ紹介するのは無理な時がある……

 

というわけで今週はネット論客本です。いぇーい。

結論から言うと「買ってまで読むほどのもんじゃない」

目次を見た時に「うわー、こういう話ってネットでよく見るよなぁ」と思った人はついつい買いそうになると思うんですが、ぶっちゃけるとその「ネットでよく見るこの手の話」が繰り広げられているだけです。

 

2つだけ擁護すべき点があります。

1つ目、文献はそれなりに引用していて、先人に対して最低限の敬意は感じられる。

本当に最低レベルだけどね。(これについては後述)

とは言っても自然科学系の引用は非常にお粗末で、人文系・社会系の文献や一般向け書籍ばかりしか読んでいないのに声高に「脳」だの「進化」だの連呼しているであろうという構図が透けて見えてしまって若干痛々しいという副次効果が発生しております。

 

2つ目、序盤の問題提起は良かったです。

(無理矢理近年のサブカル作品と絡めたのは無駄だった気がするけど)

とは言え、良かったのは問題提起の部分だけで、中盤以降の論は壮大な蛇足でした。

色々引用しているのに一本筋の通った論旨は無く、全体としての筋は曲がりくねったり枝分かれして尻切れトンボで、読後に「よく頑張って勉強しましたね」以上の感想は湧いてこないです。

ちなみに良いこと言ってるように見えた序盤はほとんどサンデルの『能力主義は正義か?』の焼き直しっぽい内容なので、問題提起パートだけのためにこの本をわざわざ読む価値は無いですね。

 

 

そもそも本書はテーマからして不可解で、最初は「自分らしく生きろ」と言われる時代に「そもそも生きていけない」人たちの声を拾っています。

「承認を得たいとか、立派になりたいとか、そういう野心がある奴らはそいつらだけで戦ってくれよ。別に戦いたくないのに同じ条件で競争させられて疲弊してんだよこっちは」という話だったら至極もっともなので、そこに関しては納得できました。

しかし、いつの間にか「みんな何もしなくても最低限の生活が保証されるよ」ってなったら「でも俺らは勝てない」ってのが苦しみになるよねって具合に、しれっと要求水準が上がってきます

「承認されない苦しみ」「性的パートナーに選ばれない苦しみ」って、なんでさりげなく話のスケールと対象層をズラしたんだろう。

書いてる間になんかそういうネット論客に当てられたんかな。

 

また、橘氏は序盤にサンデルの提起を借りておきながら、彼の結論に対しては冷笑的で、問題だけ提起して十分な解決策を提案できていないことをあげつらって「哲学芸人」とまで揶揄しています。

「まぁそういう見方もあるかなぁ」と思いつつ、私は「そこまで言う橘氏は一体どんな素晴らしい問題解決を提案してくれるのか」と期待しながら読んでいたんですよ。

最後の橘氏の結論を引用しましょう

なんとかしてこの「残酷な世界」を生き延びていくほかはない。

……これすごくない?

「社会を変革する色々な理論」には表面的に言及しつつ、彼自身は最後まで「自分の論」を構築することから避け、最後の最後にはこれ。

サンデルの論点を借りた上で、何の結論も方策も提示せず論点をすり替え、挙げ句に結論は「ハードなゲームだけどみんな頑張ってね!」ですよ。

ここまで来ると不誠実を通り越して、何らかの頭脳の問題か意図的な欺瞞としか思えない。

 

というわけで、「問題提起は良かったが、良かったのは提起の部分だけ」という本でした。

でもこの人はそれなりに売れてるようで、今年もまた薄いタイトルの本を出しています。

「バズる話をブチ上げるのは上手いけど、思弁的に精緻な論をまとめ上げたり建設的にプラクティカルな結論に落とし込む訓練はやってこなかった人」にも、どこぞの言論コミュニティにおいてはそれなりの需要があるということを突きつけらますね。

「こういう本が売れてネットでそれなりに称賛されている」という事実からは、それなりに考えるべきことがあるように思えます。

 

 

★NEXT STEP

M.J.サンデル (Author), 鬼澤 忍 (翻訳)

実力も運のうち 能力主義は正義か?

早川書房

2021/4/14

 

「最初からこっちだけ読んでればよかったんじゃね?」という本。

「他にもいっぱい読む本あるし、もうちょっと値下がりしてから買おうかな」と思って買わずにいたんですが、その代償としてあんな本に金を払うぐらいだったら潔くこっちを発売直後に買えばよかったと、今は本気で反省しています。

経験的に、500円でロクでもない和書を買うくらいなら2000円払ってでも訳書を買った方が得するパターンが多いですね。訳書のコスパ期待値って、数値にすると和書の5~10倍はある気がする。

The following two tabs change content below.

狐太郎

読んでは書くの繰り返し。 学んでは習うの繰り返し。

0 メディアカテゴリの最新記事