異形のものたち
絵画のなかの「怪」を読む
NHK出版新書, 2021/4/12
目次
第1章 人獣ー私たちは何を恐れてきたのか
第2章 蛇ー邪悪はいつでも傍にいる
第3章 悪魔と天使ー善悪と美醜のかたち
第4章 キメラー存在しえぬものを求めて
第5章 ただならぬ気配ー不可視の恐怖
第6章 妖精・魔女ー忘れられたものたち
第7章 魑魅魍魎ー画家たちの歓び
「写真のようだ」という言い回しを、「絵を褒めるつもりで」発する人は結構多い。
絵を描いたことのある人なら、一度はモヤッとしたことのあるフレーズではないでしょうか。
「写真のように写実的である」ことが絵の巧拙だとしたら、携帯端末で誰もが簡単にそれなりの写真を撮れる時代に、絵には一体何の価値があるというのか。
これは絵描きが100人いれば100通り以上の答えがあると思いますが、「存在しないものを視覚化できる」という点には明らかに一つの優位性があるはずです。
実写に違和感なく溶け込めるCGが発達した現代においても、「異形のもの」を扱ったファンタジー的作品は圧倒的に漫画やアニメ(あるいは小説)といった媒体を主戦場にしています。
漫画がアニメ化されると「漫画の代わりにアニメを見る」人はそれなりに見受けられるのに対して、「漫画の実写化」は往々にして「あれはあれ、これはこれ」という扱いを受けることが多いように思います。
「想像上の存在を視覚化する」ということにおいて、やはり「絵」には一日の長があると言えましょう。
本書で扱っているのは、そうした「異形のものたち」を視覚化した絵画です。
章立ては「人獣」「蛇」「悪魔と天使」「キメラ」「ただならぬ気配」「妖精・魔女」「魑魅魍魎」となっており、正直言って種々雑多な印象は禁じえないのですが、美術史上での比較的メジャーな画家を割と手広く扱っているので、なかなか上手く収めてるなという感じもします。
決して網羅的でも系統的でもないのですが、一通り読むと「西洋美術史においてホットな『異形』モチーフ」の広がりがうっすら掴めてきます。
ところで、中野京子氏の書籍を何冊か読んで「この人の本の魅力は何なのだろう」と思っていたのですが、今日それが何となく分かった気がしました。
要するに、彼女はスポーツ観戦で言う「実況者」なのかもしれません。
彼女の本では、ほとんどの記述が「絵の中に描いてあること」を文字で語り直すことに割かれています。画家の生い立ちや描かれているモチーフについての言及も多少ありますが、いずれもWikipedia程度の掘り下げ方で済ませ、目の前の絵に対する発見や感想があくまでメインです。
「この絵の隅っこには蛇の体の少女がいます。怖いですね!」みたいな、身も蓋もなく言えば「それは見りゃ分かるだろ」という語りを「話芸」として成り立たせてるのが彼女なんですね。
美術史や芸術論をド真ん中で専門としているような著者が書いた本と読み比べると、中野氏の本はどうも解説が薄く表面的で、感情に偏った語りであるように感じていましたが、これは「専門家の本は『解説』、中野京子は『実況』」という違いだと考えたらスッキリしました。
そして、「感想」を主たるコンテンツにしているだけに、たまに頓珍漢なことを言ってもご愛嬌で許されるし真っ向から非難されることは少ないでしょう。(本書もサブカルや男女論に関しては結構ソース無しで危ういことを雑語りしています)
そう考えると、中野氏の本がこれほど大衆の支持を受けている理由も腑に落ちます。これはゲームプレイ動画で言えば、「ガチのe-Sportsトッププレイヤーが高度な技術を見せる解説動画や対戦動画」よりも「感情豊かで親しみやすい実況者のプレイするゲーム実況」の方がコンテンツの市場規模が大きい、というのと同じ構図ですね。
特に西洋美術というのは「何が楽しいのか分からん」「どう楽しむのか分からん」という人が従来多いフィールドだった(そして現在もそういう人が多い)と思うので、こういう風に「鑑賞者と近い目線で面白がる」語りに潜在需要があるのも当然だったのかもしれません。
うーん、これって「マニアックなモノを大衆コンテンツとして成立させる」ことを考える上で、割と普遍的なノウハウが横たわっているような気がしてきた。
ちょっと今回は締まらない締めですが、安直に落とさずにこれは自分で持って帰ろうと思います。
もうちょっとこねくり回して、自分の側で考えを広げたり深めたりしてみたい。
教会の怪物たち ロマネスクの図像学
講談社選書メチエ
2013/12/11
上の本が「実況」だとしたら、この本こそ「解説」に当たるものでしょう。
キリスト教文化における「異形のものたち」の在り方を、文化論・文化史として真っ向から読み解いています。
これを読んでからヨーロッパの教会巡りをしたら、また新たな発見がありそうです。
狐太郎
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